子育ての「正解」|自らの実践と経験と共有をこそ大事に!とバリで感じた理由

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「子育ては、どうあるべきか?」なんて議論がありますが、
そもそもにおいて、子育てに「正解」なんてありません。

でも、私は私なりに、その時にその場所でしかできないことを大事にしたい、と思っています。

実践と経験と共有にこそ、重きを置いていきたい。
そして、上から下へと「教え諭す」教育者ではなく、あくまでも、隣で寄り添う「成長の伴走者」でありたいなと。

私はそう思うのです。

インドネシアのバリ島【写真:バリの夕陽と我が息子】

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先日、家族でインドネシアのバリ島に行く機会がありました。

この写真は、バリ島の朝。
宿泊したヴィラのベランダから撮った早朝の光景です。

インドネシアのバリ島

インドネシアのバリ島

子供と一緒に空を見て、「わぁ、きれい!」と、8歳になる我が娘。

この後、娘と一緒に歩いて近くの市場へ。
娘が「パパ、あっちから、おいしそうなにおいがするよ」と。

行ってみると、もくもくと作業に熱中する焼き鳥屋のおじさん。
ヒンドゥーのお供えのためのきれいな花を売っているお店があって
「きれいだね・・・」なんて。

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「朝ごはん、何を食べる?」と娘と相談しながら「持ち帰り弁当」を購入。

市場にある3軒のお店をはしご。
合わせて5〜6人分を購入し、合計で約400円。

帰り道を歩きながら、娘が聞いてきました。
「市場のお店の人も、買っている人も女の人ばっかりだったけど、なんでなの?」と。

そういえば、たしかにそうだな・・・と。
で、「なんでだと思う?」と聞いてみたり。

しばらく考える娘。

「この間、パパと見たコマーシャルみたいに、お父さんはみんな早起きして仕事に行っちゃってるのかな?」とか。
(インドネシアの保険会社が流している、「早起きの習慣は成功の近道だ」との啓蒙CMのこと)

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子育てに正解なんてないけれど、
私は私なりに、その時にその場所でしかできないことを、
実践と経験と共有に重きを置いていきたいなと。
教え諭す教育者ではなく、あくまでも伴走者として。

かつて養老孟司さんが、こんなことをおっしゃっていました。

いまの日本では、子供は大人になるための準備期間だと思われているでしょう? 大人になるために我慢して準備をしないといけないって。子供がかわいそうですよ。

私はこの考えに同感です。

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子供は大人になるためのサブ期間ではなくて、
その時その時が、精一杯に花を咲かせることのできる貴重な時間。

親子ともども、いつ死んでしまうかわからないし、
どちらが先に死んでしまうかすらもわからない。

だからこそ、その時その時を真剣に共有していたい。
それが私の考えです。

だって親というものは、「子育て」を通じて子供から育てられている存在なんですよ。仮に子供が5歳だとしたら、親も「親業で5歳」ということ。同じじゃないですか。

たしかに年長者として「先輩ヅラ」しても良いのかも知れませんが、子供と接していて未経験の現場もあるわけですよね? 子供がいてこそ体験できる現場。だとしたら、むやみやたらと先輩面するのでなく、一緒に寄り添うべきですよ。伴奏者として。

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今回、数日間だけ家族と一緒にバリにいて・・・。

朝起きて、朝陽がのぼるのを見て、
昼には、昼の自然の恵みを味わって、
夕方には、夕日が沈む美しさに触れて、
夜はプールで背泳ぎしながら、空に瞬く星空を見て。

そしてあっという間に時間が過ぎ去っていく・・・。

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そんな時間を過ごしていると、
毎日毎日が、それこそ毎秒毎秒が奇跡の連続であることを
ひしひしと痛感させられるのです。

冒頭に載せた写真は、子供を連れてバリ島のクタの海岸へ行った時のもの。
海でたわむれる息子の写真を撮ってみました。

言い古された陳腐な表現ですが、
そしてそのようにしか表現できないので書きますが、
「神の慈悲を全身から浴びるかの想い」でした。

これは、私と息子の2人で撮ったもの。

インドネシアのバリ島

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だから余計に思うのです。
「子育て」は実践と経験と共有を大事にしたいと。

その時にその場所でしかできないことを大事にしたい。
実践と経験と共有にこそ、重きを置いていきたい。
そして、教え諭す教育者ではなく、あくまでも伴走者として。

それが「子育て」の正解かどうかはわからない。
でも、インドネシアで暮らしていて、
毎日毎日が奇跡の連続のように思える中で、
家族と一緒、子どもと一緒に走り続けること・・・。

その総体こそが、あるべき「子育て」なんじゃないか。

インドネシアのバリ島【写真:カニをつかまえて、はしゃぐ我が娘】

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「子育て」に正解がない以上、
あるべき「子育て」なんてものの、本当は無いはず。

でも、改めて養老孟司さんのコメントを思い返したいのです。

いまの日本では、子供は大人になるための準備期間だと思われているでしょう? 大人になるために我慢して準備をしないといけないって。子供がかわいそうですよ。

この世に生まれたこと、
家族と一緒に暮らしていること、
自然に囲まれて生きていること、
たくさんのことに支えられていること、
そんな自然と多様性を全身で味わうこと、
その奇跡を奇跡と認識しながら、日々を大事に生きていく。

その積み重ねが、いわゆる「子育て」業なのかなと。

正解はないですが、今回のバリ旅行を通じて、
改めてそんなことを考えたので、ブログにまとめてみました・・・。

インドネシアのバリ島

サムスル
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時の運と人の縁を極める日々の記録 】  渡邉 裕晃
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