「 先月で24歳になりました 」(前編)

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☆ 今回の主な内容 ☆
前号のコラムの続きをお届けいたします。先月18日は私の誕生日です。早いことに24歳になりました。今自分がおかれた状況と今後のことについて、自分なりに考えてみました。と言ってもあまり難しく考えず、軽い気持ちで書いています。いつもとは違った趣向のコラムになりますが、誕生月ということで、特別にお許し下さいませ。m(_ _)m


先日また若いベンチャー企業の存在を知りました。主にLAN工事をしている会社で社長は19歳。実際にお会いして話をしてみると、さすがに19歳であるがゆえの危なっかしさも見えました。ですが、ここ一年、いろいろなベンチャー企業を眺めてきて、こういう若い企業が続々と出てきていることに、元気あふれる社会への一抹の期待を感じます。
若い企業といっても、必ずしも「社長の年齢が若い」という企業に限定されるわけではありません。大企業の管理職にあった方が会社の倒産をきっかけに起業されたり、定年退職を機に新たに会社を起こされた方などもいらっしゃいます。
シダックスグループ代表の志太勤氏は『60歳起業論』(東洋経済、1998年)という本を出されていますが、定年後を単なる「余生」と見るのではなく、「蓄積された経験と、そこから生み出される知恵とを活かす時代」と位置づける見方は、徐々にではあるものの着実に広まってきています。社会経験のありあまったプロの方々が、創業間もない若い起業を運営、支援されるということは、外側から見ていても実に面白いことだと思います。実際、ケンタッキーフライドチキンもマクドナルドも、事業開始は創業者が60歳を過ぎてからであったそうです。
さて、私も今年で24歳になりました。もうすぐ20代も半ばにさしかかろうとしています。まだまだ若いではないかという見方ができるのは、もちろん承知しています。ですが、「何事をもやらぬには一生はあまりにも長いが、何事かをやるには一生はあまりにも短い」ということもまた事実だと思います。生きている限りは楽しいことをし続けたい……。それが私の願いです。
では既に20代を過ごし終わった人たちは、自分の人生の中で20代の頃をどう位置づけているのでしょうか。彼らは自分の20代をふりかえって、20代をどう生きるべきだと主張しているのでしょうか。これには二つのアプローチの仕方があります。
書店に行くと、いわゆる「20代本」というものを見かけます。「20代をこう生きろ!!」という類の本です。例えばそこには、こんなことが書かれています。
★『男は20代に何をなすべきか』(鈴木健二、講談社文庫、1989年)
元NHKアナウンサー、鈴木健二さんが書かれた本。まず大人とは独り立ちすることであると述べた上で、礼儀や恩、感謝の心などを説いている。書かれたのが1982年(16年前!!)であり、鈴木氏自身良い意味で古い方でもあるので内容に昔っぽさが感じられる。だが意外と新鮮でもある。一人の社会人として責任を持って絶え間なく努力することを主張する一方で、配偶者への愛情の素晴らしさと重要さを高らかにうたっている。また、明治維新の立役者が皆20代であったことにも言及し、20代の生き方が一生を形成するとしている。
★『20代でしなければならない50のこと』(中谷彰宏、ダイヤモンド社、1997年)
作家として有名な中谷彰宏さんの本。20代とは、選択肢の無い「何でもあり」の時代であり、たくさんのことに挑戦できると。だからこそ失敗を恐れずに、やりたいことや熱中できることに徹底的に没頭するべきだと説く。経験が少ない分、たくさんの失敗も経験する情けない時代ではあるが、でも、いかに多くのむだをするかが将来を決めることにもなる。やりたいことをやろう。何もしないでいると、あっという間に60歳になる。そういう意味では、20代と60代は隣り合わせでもあると述べている。鈴木さんの本とはだいぶ論調が異なっている。
★『20代に必ずやっておくべきこと』(中島孝志、かんき出版、1996年)
異業種交流会で知られる「キーマンネットワーク」の主宰者の本。サラリーマン社会での成功を指南するスタイルになっているのが前の二冊とは大きく異なっている。時間をきちんと管理することの重要性や、社内でのつきあい方を説く。とりわけ人脈のもつ重要性や人生の目標と計画をきちんと立てることをすすめている。20代は、何にせよ最大限に努力して、いろいろな仕事を経験することが大切であり、社内と社外とを問わず、礼儀や人間関係を重視するべきだ主張している。
これらに共通しているのは、社会人としての常識をわきまえることを言いつつも、好きなことに対してわき目もふらずに没頭することが、成功をもたらすということでしょう。
もっともこれらは「20代本」から探るやり方ですが、20代の意味を探るためのもう一つのアプローチとしては、偉人の20代時代を振り返ってみるという方法があります。
どんな人間を「偉人」と見なすのか、その基準によっていろいろ変わってくるとは思いますが、いわゆる「ベンチャー的な人」という基準で見ていくと、割と、型破りな生き方をしていた人が多いような気がします。人気を博した政治家や、経営の達人として仰がれた企業家、果敢な取り組みを見せた学者などの、地位の高い人はもちろんのこと。「社会的ステータス」という観点からすれば必ずしも高くなくても、世間や業界で一目置かれる人。サラリーマンでも、自分の人生を大事にして積極的に、活動的に生きる人など……。20代という時代を、自分の考えに従って自由に(まさに文字通り、自らに由るということ)行動していた方が多いのではないでしょうか。
やりたくもないことを嫌々ながら取り組む、というのではなく、好きなことにマニアックに没頭する、ということです。「まだ若いから若者らしく、若者の平均レベルまでやればいい。このあたりで手を抜こう」などという発想は、ここからは出てこようはずがありません。自分が気の済むまでは、とことん突き詰めていく……。だからこそ、一般人から見れば「型破り」に見えてしまうわけです。
さて、これらのことからどんなことが言えるでしょうか。
ソフトバンクの孫社長は、若い頃から順風満帆に事業が進んできたかのような成功談ばかりが伝わってきます。すごいと思う人もいれば、偶然の幸運に乗ってきた人だと思う人もいるでしょう。これについて、私は以前、弟の孫泰蔵さん(インディゴ株式会社、代表取締役)から実際にお話をうかがったことがあります。
ソフトバンクを創業する前のことでしょうか。まだ20代の頃のことです。涙無しには語れないような、それこそ金をドブに注ぎ込むような経験や、たくさんの無念と失敗を繰り返してきた方であること。そして、それを何度も何度もはねのけて乗り越えてきた方だということをうかがいました。学生ベンチャーの社長として多忙を極める泰蔵さんですら「あの壮絶な兄の苦労を思うとき、僕は兄には勝てない」と語ります。
そのとき私が思ったのが、若くして事業を起こし、数々の失敗をしてきても、さらにそれを乗り越えようとする力。さらに成長していかなければ気の済まない性分。これはどこから生まれるのだろうかと考えたとき、好きなことに対して自分が納得するまで取り組み続ける没頭魂はもちろんのこと、「これでは、まだまだダメだ」という徹底的なまでの「プロ意識」だったのではないか、と私は思うのです。若さに甘えることのないプロ意識です。
→ <次号に続く>

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