「人はいつ死ぬかわからない」という事実にもっと着目しよう、と僕は考える

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今月に入ってからインドネシアで連続して発生しているテロ事件。家族での自爆テロという、実にいたましい事件で、国内でも大きなショックをもって受け止められています。

私自身も現地のニュースで情報を追いかけるようにし、ブログやソーシャルメディアで、この話題ばかりを発信しているわけですが・・・、

スラバヤでの同時多発テロを、どのようにとらえるべきか
今日の朝、インドネシア第2の都市スラバヤで、連続爆破テロが起きました。3ヶ所の教会で発生した同時多発テロ(厳密には時間差がありますが)で、警...

「反響が大きいからこそ書き続けている」という側面もあるのですが、そうしている中、いやがおうにも突きつけられるのは「人はいつ死ぬかわからない」という事実です。

「当たり前」といえば「当たり前」の事実。でも、当たり前の事実でありながら、日々の日常生活の中においては、どこか当たり前ではないことのように認識している人も多いのではないか、と私は思うのです。少なくとも私は、ついついそうした思考に流されがちです。だからこそ、今回を機会に再考してみたいと思い、ブログを書くことにした次第です。




「いつ死ぬかわからない」という命題

「昨日を生きたように今日を生き、今日を生きたように明日を生きる」。もっと言えば、「明日もきっと、今日と同じように元気に生きているはずさ」という認識。だから今日やらなくてはいけないことだけど、疲れちゃったから明日やろうって。明日、急に病気になって、それができなくなってしまうかもしれないのに。

「趣味の●●で、いつか●●へ行けたら良いな」と思いつつ、そのまま放置する。次の夏休みに行こうと思えば行けるのに、計画もしないし申込みもしない。「いつか行けたらいいな」って。次の夏休みまで自分が生きているという保証も無いのに。いや、明日にはすでにこの世に存在していない可能性すらあるのに。

今ならできる。明日にはできなくなるかもしれない・・・。

「可能性」を考えれば、そんなことは無限にあるはずのこと。そもそもにおいて「今から1秒後も世界は存在する」という命題は、まだ誰によっても証明されていないわけです。「人はいつ死ぬかわからない」という事実。もっともっと自分ごととして、強く強く認識してしかるべきことではないでしょうか? と、少なくとも私はそう考えます。

なぜならば「いつ死ぬかわからない」ということを認識することによって、残り人生の生き方が変わってくるはずだからです。いつ終わるかわからない。だからこそ「残り期間」はとても貴重。なんとなく「愛おしさ」すら感じられてきませんか?

死の到来を自覚してみるという実験

「いつ死ぬかわからない」ということ。

「そんなこと、頭ではわかっている。でもなかなか実感が伴わなくて」という人もいるかもしれません。そういう場合は、若くして亡くなった身近な友人のことを思い返してみましょう。20代で亡くなった知人、30代で亡くなった知人、40代で亡くなった知人・・・。

今の自分よりも若い時に亡くなった友人、知人。彼らのこと、彼らとの思い出を、今一度思い返してみましょう。日本の平均寿命は80歳前後とされていますが、80歳前後まで元気に生きられる人は全体からすれば一部でしかないことを認識しましょう。

また、死の可能性を自覚するにはこんな方法もあります。飛行機に乗ると、稀にひどく揺れることがありますよね? それこそ恐れを感じるくらいに揺れが続くケース。そんな時、ちょこっとだけ連想してみるのです。もしここで落ちてしまったら・・・と。

「縁起でもない」と思う人もいるはずなので、私は全ての人には勧めません。でも私の経験上で言えば、この連想は効果テキメンです。私自身、何度かやったことがありますが、もうやりたくない・・・というくらいに効果があります。これは新幹線など、高速の乗り物に乗った時も可能です。もしここで事故が起きて死亡したら・・・と。私はもうやりたくありませんが。

残り人生の時間は、ただそれだけでも「奇跡」

ことさらあえて私が言うまでも無く、残り人生の時間というものは、とてつもなく貴重なもの。だって、いつ終わるかわからない(はずの)残り人生。それが続いているということ。これは本来「奇跡」に相当するくらいの貴重さがあるはず。

それをきちんと自覚しさえすれば、もっともっと自分を大事にするはずだし、もっともっと愛する人のことを大事にするはずなんですよね。

例えば・・・、むやみやたらと人の批判をしたり、誰かの揚げ足をとったりするようなヒマはないはずです。だったら自分をみつめて、もっともっと自分を高める努力をするべきでしょうし、知人が必死になって努力をしている姿を見たら、もっと手伝ってあげるべきではないでしょうか。

例えば・・・、自分を誰かと比べたりしているヒマがあったら、自分の過去と比べるべき。何らかの行動をしてきて、結果として成功をしていようが失敗をしていようが、その経験を通じてしか得られないような貴重な「体験」をしているはずで、それは自分にとっての「成長源」であるはず。誰かと比べてグチグチやっているようなヒマがあるなら、過去の自分と今の自分を比べてみて、もっともっと自分を奮起させるべきではないでしょうか。

例えば・・・、こんなに貴重な残り人生。つまらないものに囲まれているとつまらない人生になります。そんなヒマがあるんでしょうか? 自らが努力して、その場を楽しくすること。自らおもしろくすること。やりがいを追いかけて、楽しく充実した人生を開拓しようとすること。自ら行動することで未来をつくる、未来を切り開くということです。

そう、残り時間をどう過ごすか。それによって、周りの友人や知人の人生に彩りを与えるような行動をすることは、今でも充分に可能なはずなのです。

「君にはもうそんなことをしている時間は残されていない」

ここにあげたことは、ほんの一部でしかありません。「ずいぶん、ちっさいこと言ってるね・・・」と思う人もいるでしょう。これらは「例えば」でしかありません。

要は、自分の残り人生の貴重さを前にしたら、「君にはもうそんなことをしている時間は残されていない」って思えてくるんじゃないかなと。自然と行動が変わってくるはずなんです。

「Aをしようかな、Bをしようかな」・・・と迷って、いつまでもやらないのであれば、どうしますか? いろいろな背景やいろいろな事情もあって、なかなか選択ができないこともあるでしょう。なら「残り寿命」を意識してみること。そう、残り時間は無いんです。

AもBも迷ってやらないくらいなら、思い切って今すぐ両方始めてみる!というのも一つの方法ですよね。

迷ったら両方やってみる|オンとオフを分けず「自分の人生」を生きる
先日、ある女性経営者の方とお話をしていたら、「取材で聞かれる質問で、とても困るものがある」という話を聞きました。 「どんなことですか?...

「いつか●●をやってみたいな・・・でもきっと高いだろうし」ということがあれば、すぐに調べてみればいい。調べるくらいは無料でもできます。調べるうちにいろいろな方法を思いつくはず。世界一周がしたい? なら調べましょう。世界一周をすでにやり遂げた人を探してみましょう。会って話を聞いてみましょう。世界一周の経験者とたくさん友だちになって、定期的に話をしてみましょう。そうやっているうちに、いつの間にか世界一周を終えている自分に気づくはずです。うじうじ悩んで何もしない・・・、そんな時間はないんです。さっさと世界一周して、その感動をみんなに伝えて下さいって。

「やってみようか、どうしようか」で悩むのは、いつまでも選択のチャンスがあると思いこんでいるからです。今やらないとそのチャンスはないかもしれない。だから今すぐやるんですよね。いや、将来もできるかもしれないんですよ。でも今しかできないかもしれない。やるかやらないかはその人次第です。でも、それによって失敗をしたとしても、それによってしか経験できなかった体験は、その人には貴重な財産になるはずだと思うのです。

「君にはもうそんなことをしている時間は残されていない」
「君にはもうそんなことをしている時間は残されていない」 これは、最近の私が意識的に自分に言い聞かせている言葉です。 1974年生...

「自分の人生を生きる」ということ

「残り人生を大事に生きる」ということは、本当に「自分の人生を生きよう」という姿勢につながります。

以前、日本の大学生から就職相談を持ちかけられたことがあります。いわく「なかなか面接がうまくいかないんです」と。「何社受けても受からないんです」と。

聞いてみたら、こうでした。小さい頃からずっと、仕事でつらそうにしているお父さんしか見たことがないと。いつもお父さんから「仕事はつらいものだ。仕事はきびしいものだ。そしてつまらないものだ」と聞かされてきたのだそう。「お前もそういう悪夢のような人生を歩むんだぞ」と。毎日のように残業が続き、家ではいつも疲れていて、毎日のように「仕事のせいで・・・」と仕事の愚痴をこぼす。そんな辛そうなお父さんしか見たことがないと。だから仕事はそういうものだと思っていた、そういうものに耐えて生きるのが人生なんだと思っていた、と彼は言いました。

たしかに子供に伝播しますよね。そしてそんなに辛いものが仕事なのだとしたら、何社受けても受からないのも当然。だって、そもそもそんな世界に行きたくないはずだからです。

かたや、こんな学生に出会ったこともあります。いわく、いつもビジネスの楽しさを語ってくれたのがお父さんだったと。つらいこともたくさんあるけど、新しい事業を起こし、新しいサービスをつくり、お客様を喜ばせることができる。社員が増え、会社が大きくなり・・・、ビジネスって面白そう!と感じてきたと。

ものすごく単純化すれば、「自分の人生をやりがいをもって生きているお父さん」か、あるいは「不満を鬱積させながら、他人の人生を生きているお父さん」か、という話。そしてこれ、「仕事」以外についても同じことが言えると思うのです。どうしようかと悩んでうじうじして何もしないのか、自分のやりたいことはどんどんチャレンジしてみるか。「残り人生」を意識すれば、自然と後者になるのではないかなと。だから思うんですよ、「いつ死ぬかわからない」ということを認識することは大事だって。

「どう生ききることが、満足の行く人生につながるか」を考えてみる

そんな偉そうなことを言う私ですが、こういうブログを書いているのは、改めて自分に言い聞かせたいと思ったからです。やりたいことはたくさんあるし、着手できていないこともたくさんある。疲れたら遊びたくもなるし、怠けてしまうこともある・・・。そんな中、「残されている時間はないぞ! そのままでいいのか!」って、改めて自分に言い聞かせたい。

今回のスラバヤでの連続テロ。小さな子どもをまきぞえにして、家族そろってテロに挑む。もう想像を絶する世界・・・。ましてや、その犠牲になった被害者たちを考えると、もう何とも言えません。そして改めて思ったのです。人はいつ死ぬかわからないと。

「君にはもうそんなことをしている時間は残されていない」。

それを改めて深く自覚したくて、ブログにまとめてみた次第です。もっともっと時間の貴重さを自覚しなくてはと。

実は、私がなぜブログを書いているかというと、いくつかの目的があるのですが、子どもたちのために書いているという側面もあります。私が亡くなったあとでも「お父さんはどんなことをして、どんなことを感じてきたのか。またどんなことを考えてきたのかな」がわかる資料の一つとして。

また、私がたまに子どもたちを前にして「お父さん塾」をやるのもそう。

子育てにおける父親の役割|勉強ではなく人生を教えるパパ塾のススメ
今回のブログは「パパ塾」「お父さん塾」のススメ。 私自身、10歳と9歳の2人の子供をかかえ、まだまだ「親業」の経験は浅い方。それでもこ...

今のうちに伝えておくべきことは、ちゃんと伝えておきたいなと。「まだ小さいからわからないんじゃないか」と思えるようなことでも、元気なうちに伝えたいことはきちんと伝えておきたくて。

何か行動の選択をする時に、私が気にしているのは「自分の人生を生きているか」という視点。子供にも確実に伝播するはずだ・・・と思っています。

新しいことに挑戦すべき理由|気軽なチャレンジが思わぬ成長をつくる
「気軽な気持ちで、どんどんチャレンジすべき!」 私はそう思います。 なぜならば、そこから新たな可能性が始まるからです。 もっと言えば...

「できるか、できないか」ではなく「やるか、やらないか」が次へのステップを切り開く。自分の人生を生ききることが、楽しい人生をつくる。その結果として、家族や友人に前向きのエネルギーが伝播していくんだよ、ということを、自らの身をもって伝えたい、と私は思っています。

単なる自己満足かもしれません。でも、残り人生の貴重さを考えれば、本当にいろいろやっておきたくなるものだと私は思うのです。縁起でもないと思う人もいるでしょうが、いつ死ぬかわからないというのは「現実」です。そしてテロなり犯罪が起きる度に、このことを痛感します。

「人はいつ死ぬかわからない」という事実から考えるべきことは人それぞれ。私が書いてきたことが正解だというわけではありません。要は、この現実に対して自分がどう思うのか。そしてどう生ききることが、満足の行く人生につながるか。それを自分の頭でじっくり考え、愚直に実行し続けることだと私は思うのです。

・・・と真面目に書いてきましたが、人生の貴重さをふまえながら、いろいろなことに積極的にチャレンジする。失敗をおそれずどんどん行動する。そうした方が、人生ってもっともっと楽しくなると思うんですよね。人生というものは本来的に素敵なものなんですから。

■参考:このテーマに関連するブログ記事です。こちらもどうぞ。

映画『余命1ヶ月の花嫁』レビュー|別れの必然、出会いの偶然を自覚する契機に
今回ご紹介する映画は、『余命1ヶ月の花嫁』。 かなり宣伝されている映画作品なので、 あえてストーリー紹介は不要かと思いますが、 (...
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今回のコラムは、「晩節」について。 辞書によると、「晩節」とは「人生の終わりのころ。晩年」と説明されています。 おとといの7月1日の...
(参考:samsul.comブログから)
 
■2016年3月18日up
 行動からしか未来は開かれない。人生は有限。だから貪欲にチャレンジすべき!

■2003年3月8日up
 人生をより楽しくする『老いの哲学』

■2002年10月3日up
 チャンスをつかみとるために(後悔を減らすための行動方針)

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