本を出したいと格闘し「インドネシア本」で著者デビューをはたせた私の方法

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「本を書きたい!」という人は、とても多いと思います。
でも、なかなか1冊目の出版にたどりつけなくて・・・という人も多いはず。

2013年11月に、私は1冊の本を出版することができました。
共著とは言え、私にとっては記念すべき人生初の出版物。

すでに出版から2年が経過しましたが、
今でも多くの方に読まれていて、本当に嬉しいかぎりです。

それが、インドネシア入門書、
インドネシアのことがマンガで3時間でわかる本」です。

でも、いわゆる「著者デビューのための定石」となるルールとは
少し異なる方法で実現できてしまったのです。

そこで今回は、なぜ私が本を書くことができたのか、
その理由と背景をお話ししたいと思います。

あるインドネシアイベントで、知人が手作りで作成してくれたPOP。嬉しい!!
【写真:あるイベントで、知人が手作りで作成してくれたPOP。嬉しい!!】




私が「著者デビュー」できた3つの理由

なぜ本を書くことができたのか。
なぜ著者デビューができたのか。

その理由は3点しかなくて、次の通りです。

(1)本を書きたいという強い願望があったこと

(2)「あなたは本を書くべき」との妻からの強力な支援があったこと

(3)チャンスが来た時に乗ることができたこと

これを見て、「???」と思う人もいるかもしれません。

というのは、
一般的に、「著者デビューするための方法」として言われるのは、

  • 企画書をつくって、出版社に送ろう
  • 編集者の知り合いをつくろう
  • ブログを一生懸命に書いて、ファンをつくっておこう

というようなこと。

いわゆる「著者になろう」セミナーや、
「出版しよう」セミナーでも指摘される点です。

でも、今回の私の著者デビューに関するかぎり、
この3つとも当てはまりませんでした。

     □     □     □

「インドネシアのことがマンガで3時間でわかる本」を書くにあたっては・・・、

インドネシアについての本の企画書を書いたことは無く、
編集者の知り合いはいるものの、今回の本は「はじめまして」の編集者で、
今でこそ、インドネシアをネタとするブログを書いてるものの、
本の出版をするまでは、ほとんど書いていませんでした。

そんな私でも、なぜ著者デビューができたのか。
今ふりかえってみて思うのは、やはり、

(1)本を書きたいという強い願望があったこと

(2)「あなたは本を書くべき」との妻からの強力な支援があったこと

(3)チャンスが来た時に乗ることができたこと

ということになるのです。

順番に説明しますね。

(1)本を書きたいという強い願望があったこと

自己啓発本のようなフレーズですが・・・、
まず第一は、「本を書きたいと自分の中で強く思い続けたから」です。

私は昔から「いつか本を書きたい」と思っていました。
「本を書きたい」と思い続けていました。
著者デビューできるチャンスが無いかを、常に探っていました。

「著者になるための本」もたくさん読んでいましたし、
「著者になるためのセミナー」にもたくさん出ましたし、
何人もの編集者と知り合いになって、交流する機会もできました。

でも今回の本に関する限り、それらが直接影響することはありませんでした。

そんななか、ある会社に訪問した折、
余談として「本を書きたい」という話をしたところ、
「実は、本を書かないといけない案件がありまして・・・」
という話を引き出すことができたのです。

「共著というかたちでお手伝いいただく・・・
 なんてこと、できたりしますか?」と。

本を書きたいという思いを常にもちつづけ、
それを表明し続けていなければ、
この話を引き出すことはできなかったはずです。

(2)「あなたは本を書くべき」との妻からの強力な支援があったこと

これは、本当に大きいです。本当に、本当に。

「あなたは本を書くべきだ」と、ずっとずっと言われ続けてきました。
文章を書くことが、あなたの人生だ、と。

「本を出したい」と思い続け、
なかなかチャンスがつかめない中・・・、
また、私の知り合いが続々と著者デビューを果たし、
ある編集者から「この企画に適任の知り合いはいないか?」と聞かれれば、
適した知人を紹介し、その人がすぐに著者デビューをしてしまったり・・・。

本を出したいのは自分なのに、
なんで他の人の著者デビューを支援しているんだろう?
じくじたる思いを抱くこともありましたよ。

そういう、悶々とした時期が続く中、
妻は一貫して、「あなたは本を書くべきだ」と、
「それがあなたの人生なのだから」と、
そういって支援し続けてくれたことは、本当に影響として大きいです。

本を出すということは、本当に大変なこと。
そのチャンスをつかむことも大変。くじけそうになっても当然・・・。

でも「あなたならできる!」と、ずっと背中を押し続けてくれた存在は、
とてつもなく大きいのです。家族の理解を得るということは大事。

(3)チャンスが来た時に乗ることができたこと

1点目の説明の時に書きました。

ある会社に訪問した際のこと。
話し合いが終わった後、
あくまでも余談として「本を書きたい」という話をしたところ、
「実は、本を書かないといけない案件がありまして・・・」
という話を引き出すことができたと言いました。

インドネシアに関する入門書の企画があって、
共著者が何人か決まっているが、
みんな本業が多忙で、なかなか筆進まない、と。

でも、「へぇ・・・それは大変ですね・・・」と言ったら、そこで終わりです。

身の程もわきまえず、私は思い切って言いましたよ。

「それ、皆さんが筆が進まない分、
 私がそこを書かせてもらったら、早く終わるんじゃないですか?」と。

ダメ元で言いました。笑われるのを覚悟で。
「お気持ちだけでもありがたい」と一蹴されるのも覚悟で。

     □     □     □

でも、その時、相手の方の目が変わったのです。

「おぉ、それはいい!! 編集者に連絡しますよ」と。

その場ですぐに連絡をしてくれて、
ものの数分で編集者から返事があって・・・。

その方は、私のアドレスにCCしながら、編集者にメールしました。
「渡邉さんっていう人なんですけど、今から出版社まで
 うかがわせてもよいですか?」と。
 
私のスケジュールも知らない彼が、ものすごい勢いで進めていきます。
運命というのは、トントン拍子に進むもの。

偶然、その時、私もスケジュールがあいていました。
編集者の方も、これまた偶然、その時間があいていました。

行きました。会いました。
すでに決まっている企画書をいただきました。
その場で私の執筆分野が決まりました。著者デビューが決まった瞬間です。

     □     □     □

・急にチャンスが来たとき、書きたいという熱烈な意欲があったこと。
・間髪入れず、その場で「やらせてください!」とすぐに言えたこと。

これは大きかったです。

インドネシアのことは知識も経験も意欲もありました。
「私なら書けます!」と言えました。
本当は、執筆する自信のない項目も若干ありました。

でも、ここまでくれば、やるしかない!

「いやぁ、この部分については、私は書く自信がないですね・・・」

もしそんなことを言っていたらおしまいです。 

     □     □     □

以上が、執筆経験のない私でも、
インドネシアのことがマンガで3時間でわかる本」で
著者デビューを果たすことができた背景です。

出版社から本を出す方法、まとめ

繰り返しになりますが、

  • 出版セミナーに行く<
  • 出版するためのノウハウが記された本を読む
  • 著者の知り合いをつくる
  • 編集者の知り合いをつくる
  • その出版社が出す雑誌に記事を書かせてもらう

などの経験を重ねてきました。

わざわざ私に会ってくれた編集者さん、
しかも、わざわざ私の会社までお越しくださった編集者さんは何人もいます。

編集者みずから、わざわざ企画書を持参して来社される、
などというケースまでありました。

でも・・・、それで数年やっても実現しなかったんです。

それが今回は、
ある会社に訪問して、余談で聞いてみたら、
出版のチャンスを聞き出すことができて、
その日のうちに出版社に訪問し、
その場で執筆が決まってしまった・・・。

     □     □     □

定石となるルールを否定するような背景。
ひょっとすると、特殊なケースなのかもしれません。

でも、いろいろな著者デビューの背景を調べてみると、
逆に正攻法のやり方で著者デビューを果たされたケースの方が
もしかしたら少ないのではないかという気すらします。

以上、あくまでも私のケースとして、
3つのポイントをご紹介させていただきました。

偉そうに書きましたが・・・、

あくまでも私の本は「共著」であって「単著」ではありません。
いつか、私の名前だけの「単著」の出版を
ぜひ実現させたいと思っています。

それは、これからのチャレンジ。皆さん、ともにがんばっていきましょう!

サムスル
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時の運と人の縁を極める日々の記録 】  渡邉 裕晃
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