「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」のはカッコ悪いことか?

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脳科学者の茂木 健一郎さんが、facebookでこのように書いていました。

結局、人生って、いっしょうけんめい生きて、最後の瞬間までがんばって、はい、御役目ごめん、ということなんじゃないかと、折り返し地点で考える。

 

結局、人生って、いっしょうけんめい生きて、最後の瞬間までがんばって、はい、御役目ごめん、ということなんじゃないかと、折り返し地点で考える。

Posted by Ken Mogi on 2016年1月26日

「いっしょうけんめい生きて、最後の瞬間までがんばって」という生き方。

・一生懸命に生きる。
・最後の瞬間まで頑張る。

私は素晴らしいことだと思います。
もしかしたら、「暑苦しい・・・」と思う人もいるでしょう。
「もっとゆったりと生きようよ!」と思う人もいるでしょう。
「今どき、そんな生き方、カッコ悪いよ」と言う人もいそうです。
でも、もし人生を最大限に楽しみつくそうと思うならば、
大事なスタンスだと私は思います。
もっと言えば、「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」ということです。
2013-07-12 Closeup
2013-07-12 Closeup / mrsdkrebs


     □     □     □
人生を最大限に楽しみつくそうと思うならば、
「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」ことが大事という理由。
私が思うのはシンプルに次の3点です。

(1)PDCAサイクルをグルグルとスピーディーに回していける。
(2)頑張る熱量(エネルギー)の強い人同士が自然とつながって切磋琢磨できる。
(3)与えられた時間は有限。平均寿命まで健康に人生を全うできるのは一部だけ。

     □     □     □

(1)PDCAサイクルをグルグルとスピーディーに回していける。

「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」ということは、
とにかく「行動」が多い生き方。
行動が多いということは、それだけ失敗する数も増えます。
でも、成功する数も増えます。
なぜなら、人は失敗を通じて成長するからですね。
行動を重ねないことには、成功に近づくことができない。
「転ばないことには、自転車に乗れるようにならない」のと同じです。
行動を増やすということは、
plan-do-check-actionの「PDCAサイクル」を
たくさん回すことができるということ。成功の角度が上がるのです。

(2)頑張る熱量(エネルギー)の強い人同士が自然とつながって切磋琢磨できる。

熱意は人に伝わります。成功した経営者たちはみんなそう言います。
そして、「類は友を呼ぶ」の法則で、
「頑張ることを楽しめる」人には、同じような人が集まってきます。
でも、「頑張るのが嫌だ」という人には、同じようにして、
「頑張るのが嫌だ」という人が集まってきます。
「頑張ることを楽しめる」人の集いは、
自然と、お互いに切磋琢磨しあえる環境になっていきます。
結果として、成功の角度は上がっていくはず。
少なくとも、人生の充実度は大きく変わってくるはずです。

(3)与えられた時間は有限。平均寿命まで健康に人生を全うできるのは一部だけ。

よく「老後の設計をしましょう」という話を聞きます。
それは大事なことかもしれません。
でも、全員が平均寿命まで生きることができる保証はありません。
確率的に言えば、今日や明日、急に人生が終わってしまうこともあるわけです。
死んでしまってから、「あぁ、あれをやっておけばよかった」と悔やんでも、
もうどうしようもありません。
だからこそ、生き急ぐくらいに頑張っていくこと。
生き急ぐくらいにチャレンジしていくことは、とても大事だと思います。
人が死に接して悔やむのは「失敗した過去の経験」ではなく、
「生きているうちにやっておかなかったことの後悔」だといいます。
     □     □     □
もったいないのは、
本人に「精一杯がんばっていきたい!」という気持ちがあっても、
「カッコ悪いと思われるのではないか?」と萎縮してしまうこと。


本気でやる。毎日を真剣に頑張る。
そう思うものの「カッコ悪いと思われるのでは?」「馬鹿にされるのでは?」
そんな思いから、なんとなく力を抜いてしまう。
そして、やらなくなってしまう・・・。
これは本当にもったいないことです。
自分の意志をつらぬいて、がんばりとおすことができたなら、
きっと楽しいことや嬉しいことが起きていたはずなのに。
     □     □     □
「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」
それはかっこいいことだと私は思います。
だって、前を向いて積極的に進んでいこうとする人たちとの出会い。
そういう人たちとの交流から刺激を与え合って前進すること。
失敗しても、それを糧にして次の成長につなげていくこと。
こんなに素晴らしいことはないと思いますよ。
そんなふうにして積極的に生きる大人の背中を見て、
子供もまた、積極的にチャレンジをいとわないようになるのではないかと。
(もちろん、やり方が間違えば例外は生まれますが)
     □     □     □
茂木さんは言いました。

結局、人生って、いっしょうけんめい生きて、最後の瞬間までがんばって、はい、御役目ごめん、ということなんじゃないかと、折り返し地点で考える。

私は同感です。そして何度でも言いたいです。
「生き急ぐくらいに一生懸命に生きる」
それはかっこいいことだと。
一生懸命に生きるということは、それだけで素晴らしい。
私はそう思います。
「眠って夢を見るよりは、頑張り続けることで、現実の中で夢を見たい」
そんな生き方です。
     □     □     □
とっても当たり前なこと。
でも、当たり前だからこそ、改めて宣言するのは恥ずかしい。
そういう側面もあるでしょう。
でも改めて言いたいと思います。
毎日を一生懸命に生きよう!
最後の瞬間まで頑張り続けよう!
生き急ぐくらいに一生懸命に生きぬこう!
それこそが人生を最大限に楽しみつくすための近道なんだから、と。

(参考:samsul.comブログから)
 
■2015年12月26日up
 「やってみる」「やり続ける」「やりきる」ということ
■2015年12月3日up
 成長の分岐点は「与えられて当たり前」と思うか、「自ら創りだすこと」に喜びを見出すか


サムスル
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