「つかまえるチャンス」と「与えられるチャンス」、その使い道(2)

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今回のコラムは、前回コラムの続きになります。
もし前回コラムをご覧になっていないようであれば、
ぜひ、こちらをご覧下さい。

(参考:samsul.comブログから)
 
■2007年11月12日up
 「つかまえるチャンス」と「与えられるチャンス」、その使い道(1)


長旅から戻ったご主人は、
財産を預けた3人の使用人と面会をします。
3人は、預かった財産について、
それぞれの行動をとっていました。
(繰り返しますが、必ず前回コラムを読んでくださいね)
 
 
     □     □     □
 
 
結論としてご主人は、こう判断します。
AさんもBさんも良くやった、と。
忠実なしもべだ。よくやった。
 お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。
 主人と一緒に喜んでくれ

ところがCさんに対しては、こう言います。
「怠け者の悪いしもべだ」
 私のことを、悪者のように考えていたのか! と。
そして、続けて、
さぁ、そのタラントをこの男から取り上げて
この役に立たないしもべを外の暗闇に追い出せ。
 そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」と言うのです。
そして、彼に託した1タラントをAさんに引き渡せと。
 
 
     □     □     □
 
 
私は最初にこの話を聞いた時、とても強い違和感を覚えました。
率直に言って、聖書らしくないなと思ったのです。
でも、こういうことなのですね。
ご主人は神のたとえで、弟子は人間のたとえ。
ご主人は、「その力に応じて」、つまり能力や意欲に応じて、
新たな能力やチャンスを配分するわけです。
(タラントは、現在の「タレント」=「才能」の語源だそうです)
 
 
     □     □     □
 
 
与えられた能力やチャンスを活かす人もいれば、
与えられた能力を活かさず、チャンスすら見捨てる人もいます。
与えられた能力やチャンスを精一杯に活かす人は、
さらに高みにあげられるということ。
一方で、自らの長所を活かすこともなく、
何もしないでいる人は、
そのチャンスすらも奪われてしまうということ。
 
 
     □     □     □
 
 
門をたたいて自らの力でチャンスや能力をつかみ取ることもあれば、
なぜかふと、急にチャンスや能力が与えられてしまうこともあります。
与えられた長所であったり、幸運だったりというものは、
まさにそれを行使して周囲を幸福にすべきものであり、
それを怠れば、次にくるはずのチャンスすら失われてしまう

ということなのでしょう。
 
 
     □     □     □
 
 
しかもCさんは、チャンスを与えてくれたご主人のことを、
大変がめつい、ひどい存在だと決めつけています。
これによって、せっかくのチャンスを失ったCさん。
実はこれ、
先輩だったり上司だったりからいただく機会と同じことなのですよね。
私の成長のためを思って与えてくださった機会と考えるか、
がめついひどい上司からふりかかってきた、
悪意に満ちた、余計な雑務作業ととらえるか・・・。
 
 
     □     □     □
 
 

(1)チャンスは自らつかみとるべきものであること。
 
(2)与えられたチャンス、自らの長所は、
   周囲に影響を与えるべく前向きに活かすべきものであること。

 
日々、大切に意識しておきたいテーマです。
長所なりチャンスなりといったものは、
周りに貢献し、周りを幸せにするためにこそ、
与えられたもの
であるはずなのです。
【このテーマ、おわり】
 
 
 
 
このコラムは、2007年10月27日に配信したメールマガジンを転載したものです。
 
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