インドネシアの小学校で、娘の同級生が伝えてくれた嬉しい言葉

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海外移住をしていると、
「子供の言語教育をどうすべきか」は、とても大事なテーマ。
まさに「親の力量」が問われる領域ですね。
現在インドネシア、東ジャワの小学校に通う娘も
日々格闘中です。そして、その親も(笑)
私は自分の子どもたちを、
インドネシアの東ジャワにある、現地校に通わせています。
インドネシア語がまったくできない状態で入学し、
インドネシア人の先生のもと、
インドネシア人の子どもたちにもまれながら毎日を過ごすという学校生活。
そんな中、先日、とても嬉しい感動体験がありました。
それは、現地の7歳の男の子がわざわざ私に近づいてきて、
インドネシア語で語りかけてくれたこと。
今回は、そこから気付かされたことをブログにまとめたいと思います。
はい、親バカ日記ですよ・・・。
現地校で言語と格闘する我が娘
【写真:現地校で言語と格闘する我が娘】


     □     □     □
自分の子供を海外の学校に通わせる時、
多くの親が心配するのは「言語」の問題かもしれません。
「インドネシア語が早くできるようになってほしい」
「そうしてたくさんの友達と触れ合えるようになってほしい」
私もそう願っています。
できるだけインドネシアの人と触れ合う機会を用意したり、
インドネシア語の家庭教師をつけたり、
あるいは私自身も、彼らにインドネシア語を教えたり。
     □     □     □
言語ができると、先生や友達とのコミュニケーションが増やせる。
それに気づいた子どもたちは、インドネシア語の学習に
よりいっそう前向きに取り組むようになっています。
ただ、もちろんのこと、
言語は一朝一夕にできるようになるものでもありません。
そこには子どもたちも一定のジレンマがあるはず・・・。
でも「子供って自然に成長するものなんだな」と思いました。
それはその子供から語りかけられたことから気づきました。
     □     □     □
子供を迎えに学校に行って、学校の門の前で待っていた時のこと。
7歳くらいの男の子。私の知らない生徒です。
近づいてきて、おずおずと私に話しかけてきました。
「リコのパパなの?」って。
リコは私の娘。この男の子は娘の同級生でした。
「そうだよ」と答えると、彼はびっくり。
「うわ! リコパパはインドネシア語がうまいんだね!」
     □     □     □
逆に言えば、娘はまだまだインドネシア語ができないということ。
だからお父さんもインドネシア語ができないだろうと思ったのでしょう。
「お、ありがとうね!」と言うと、その子は続けて語りかけてきました。
「ねぇ、リコパパ。知ってる?」と。
おそらくですが、この男の子は
「リコパパとはインドネシア語で会話ができる」とわかり、
それで、伝えるつもりになったのだと思います。
「なんだい?」と答えました。
     □     □     □
男の子は言いました。
「あのね、リコパパ。
 リコはね、昔はインドネシア語ができなかったんだよ」
「そうだね・・・」
「でもね、リコパパ。
 リコ、今は少しだけなんだけど、僕ら友達と
 インドネシア語でおしゃべりができるようになったんだよ」
そう男の子は言いました。
     □     □     □
もう、ただひたすら感動しました。
単なる「親ばか」ゆえかもしれません。
でも、ひたすら感動したということは事実です。
私が嬉しかったのは、
「娘のインドネシア語能力が上がったらしいことを確認できたから」
ではありません。
7歳の同級生の男の子が、
インドネシア語が通じるかどうかわからない、
そんな私にわざわざ近づいてきて、語ってくれたこと。
娘の同級生たちが、
「リコとインドネシア語で話ができること」に
喜びと期待を示してくれているということ。
そのことに感動をしたのです。
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こうして子供は勝手に育つものなのかもしれない。
私は思いました。
そしてそれは「良き環境」によって。
以前、子どもたちに言ったことがあります。
「インドネシア語ができるようになると、
 お友達や先生たちと、もっともっとたくさん
 おしゃべりができるようになるよ」と。
すると、私の2人の子どもたちは、
語学勉強を嫌がる態度を示すかと思いきや・・・、
逆に2人ともが身を乗り出すようにして、
「もっとインドネシア語やりたい!」と言ったのです。
それは、それだけ魅力的な「良き環境」があるからに違いありません。
魅力的な先生たちと、魅力的な同級生たち。
そうした環境があって初めて見せる態度なのだろうと思います。
     □     □     □
その日の帰り道、私はその子との会話の内容を
娘に伝えました。
娘は「にやっ」としたきり、何も語りませんでした。
でも、言語を学ぶという日々の努力が
一つの結果になったことを実感しているようでした。
さらなる学習への意欲につながればと期待しているところです。
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先ほど冒頭で書きました。
自分の子供を海外の学校に通わせる時、
多くの親が心配するのは「言語」の問題かもしれません、と。
でも語学の能力は、
年齢が低ければ低いほど、勝手に貪欲に身につくもの。
それこそ神が幼児に与えたその能力を前にすれば、
「親にできること」は非常に限定されていると考えるべきで、
おそらく「環境を整える」ということ、
これこそが最大の役目なのではないかとすら思います。
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といっても、子どもたちの教育は、
まだまだ始まったばかり。
今回、この男の子から言われたことは、
一つのステップをクリアできたことを意味しているような気がしています。
次のステップにうまく進めるよう、
子どもたちの良き伴走者として、
引き続きの試行錯誤を重ねながら、取り組んでいこうと思います。
以上、海外移住生活における子供の言語教育日記でした。
サムスル
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時の運と人の縁を極める日々の記録 】  渡邉 裕晃
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