娘の誕生から16週間|自然で遊ぶ意味!子育て哲学をちょこっとだけ

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娘の誕生から16週間が経過しました。あと約1週間で、生後4ヶ月ということになります。

日々に一生懸命で、成長まっしぐら。ずばり、それゆえなのでしょうね。乳幼児というものが、見ていて美しい存在であるのは。
 
生後16週間です!
【写真:生後16週間です!】


日々に真剣になって邁進していく姿。これは、乳幼児に顕著に見られるものですね。
そして、それが特有の美しさを醸し出すのは、おそらく乳幼児に限ったことではなく、大人についてもまた、同じことが言えるような気がします。

日々に真剣ということは、とても美しいものです。
 
初めてのブランコにチャレンジ!「こわいけど、おもしろいっ!」
【写真:初めてのブランコにチャレンジ!「こわいけど、おもしろいっ!」】
 
日々を怠惰に過ごす人の輝きの無さは、不思議なことに、目を覆うものがありますよね・・・。
これは、大人が子供に学ぶべき点の一つとして、小さくない、大事なポイントなのだろうと思います。
 
 
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さて、今までの子育てブログを見ていただくとわかると思いますが、最近も、いろいろなところへ連れ出しました。

積極的に外へ連れて行き、できるだけ自然の環境に触れさせて、活動的に日々を送る。それが我が家の子育ての方針となっています。
 
夕方の農道を歩く。ポカポカ陽気!
【写真:夕方の農道を歩く。ポカポカ陽気!】
 
早朝の散歩。「ちと、ねむいぞ・・・」
【写真:早朝の散歩。「ちと、ねむいぞ・・・」】
 
 
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それというのも、我々夫婦ともども、じっと家にこもっているのが耐えられないから、という理由もありますが(笑)、
 
家族の集合写真。我らアクティブ家族(笑)
【写真:家族の集合写真。我らアクティブ家族(笑)】
 
でも、その前に、やはり、たくさんの刺激を受けてほしいし、多くの自然とふれあってこそ、動物としての健全な体力ができていくと信じるからです。
 
 
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ここ数十年の日本の子育てのあり方としては、乳児はできるだけ外に出さない方が良いという考え方が、割と支配的になっているように思います。

そのため、小さくして外出を多くしていると、とても驚かれることがよくあります。
(フランスでは、逆のようですね)
 
公園で散歩。気持ちの良い陽気で、眠ってしまいました!
【写真:公園で散歩。気持ちの良い陽気で、眠ってしまいました!】
 
すわって、ゆったり、ひと眠り
【写真:すわって、ゆったり、ひと眠り】
 
寝起きの娘。「ここはどこだ?」
【写真:寝起きの娘。「ここはどこだ?」】
 
「あたたかくて、ねむいなぁ・・・」
【写真:「あたたかくて、ねむいなぁ・・・」】
 
 
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たしかに、生まれたばかりの子供には、多くの保護を与えなければいけないというのはわかります。
でも、適度な苦労や挫折の経験が人に成長をもたらすように、あまりの過保護は、その子の成長の機会を奪うことすらあるように私は思うのです。

失敗や挫折を味わうのはかわいそう・・・。
それはわかります。

でも、失敗したり挫折したりして、人は成長するものです。
失敗や挫折を回避しようとするあまり、何もアクションせずにいる子供たちは、その後、どうなっていくのか、ということです。

日々を懸命に生きることの喜びを感じることは、薄れていくのではないでしょうか。
(あぁ、おそろしい・・・)

というわけで、子供が楽しそうにしているかぎりにおいては(ここが大事)、できるだけ活動的な流れをサポートしてあげたいと考えています。そして、可能な限りで時間を共有し、たくさんの経験をさせてあげたいと思っています。アクティブに自然にまみえるというのは、その一環です。
 
緑に向かって、高い高い!
【写真:緑に向かって、高い高い!】
 
 
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悪い意味での、いわゆる大衆的、世俗的に堕するのではなく、人の考えにまどわされて、受身で流されて生きるのではなく、自分の考えをもち、自ら人生を切り開く・・・、
そういう主体的な人生であってほしいものです。

自然に囲まれご満悦
【写真:自然に囲まれご満悦】

親の責務は、子供の失敗や挫折を全てにわたって未然に取り除いてあげることではなく、適度に取り除いてあげながら、適切なかたちで失敗や挫折を経験させ(時には断腸の思いで)、そうした失敗や挫折を自ら乗り越えて、将来の糧へ昇華させていくという成長能力、それを身に付けさせてあげることだと思っています。

親の独断でレールを引いてあげて、そこを走らせるというのではなく、あくまでも、本人が自分の力で切り開けるように、いわば「伴走者」であるべきだと思うのです。

海外子育ての親の役割|現地校で実感した「伴走者」としての使命!
今回のブログでは、子供が学校で学ぶ内容に親がどう付き添うべきか。私自身が子供を海外の学校に通わせる中で試行錯誤しながら考える、「伴走者」とし...

  
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なぁんて、小難しいことを言ってみたりして。
所詮は、子供もゼロ歳、親業もゼロ歳(笑)、まだまだ、下っ端の修行の身であります・・・。
 
子供もゼロ歳、親業もゼロ歳。親も子供も、歩く練習中です!
【写真:子供もゼロ歳、親業もゼロ歳。親も子供も、歩く練習中です!】
 
そして、つくづく思います。
子育てには、いろいろな発見と刺激があると。

だからなんでしょうね。
子供は親の所有物ではなく、「お預かりもの」なのだと思うのです。
 
「自然は楽しいよ! では、また来週!」
【写真:「自然は楽しいよ! では、また来週!」】
 
 

 
 
 
 
 2008年5月11日             渡邉 裕晃
 
 
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