北朝鮮観光旅行記第5日目(8月8日)

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8:30:<普通江ホテル>

1日間、めいいっぱい北朝鮮を観光できる最後の日になりました。うぅん、やっぱり4泊5日は短いなぁ。というわけで、今日は板門店に行くことになっています。

10:30:サービスエリア

バスに乗って道路をひた走ります。途中トンネルに入ると、バスは必ず徐行します。「どうしてだろう?」と思って、まわりを見てみると、なんとトンネルには電灯が一つも付いていないのです。それで、徐行するわけですね。

川沿いの道路を走っていったのですが、途中に鉄橋がかかっていました。電車の単線の鉄橋なのですが、なんとおびただしい数の人々が、荷物を背負ってもくもくと歩いているのです。鉄橋は幅が狭いので、電車が来たら、逃げ場は無いように見えました。昔の日本もこうだったのでしょうか。

ツアーに同行した人の話では、途中に、崩れた鉄橋を見かけたそうです。僕は見ませんでした。その人はガイドさんに「あの橋は、どうして壊れちゃったんですか?」と聞いたところ、「ああ、あれは壊れたんじゃないんです。建設している最中なのです」と答えたそうです。どちらが正しいのでしょう?

この写真は、途中のサービスエリアで休憩したときに、その建物から撮ったものです。大型バスが2台写っていますが、それは中国人観光客のバスです。ずいぶんたくさんの方々が観光に訪れていました。

11:30:板門店(38度線)

板門店に到着です。手前に頑丈な門があって、ライフルを持った兵隊が警備に当たっています。ここで、ガイドさんと運転手さんは身分証のチェックを受けます。そして、ここからは、軍人さんが二人、我々のバスに乗り込んできました。板門店についての解説をするためです。このあたりは、穀倉地帯であるためか、道路ぎりぎりまで稲が植わっていました。ピリピリとした緊張感と、のどかな農園風景とが同居して、ちょっと奇妙な感じでした。

軍人さんの案内に従って、アメリカと休戦協定を調印した小屋(写真左下)を見たり、38度線の停戦ラインにまたがって建てられている小屋(写真右下)に入ってみたりしました。この小屋に入ると、韓国領土にいるサングラスをかけた、立派な体つきをした国連兵が、じろりと窓から覗き込んできました。これ、けっこう怖いです。

軍人さんは、朝鮮戦争で、北朝鮮がいかにして「アメリカ帝国主義」(軍人さんの使った言葉)を「敗北に追いつめたか」(軍人さんの使った言葉)、韓国がいかに朝鮮半島の統一に不熱心であるか、北朝鮮は朝鮮の平和と統一に大変積極的なのに、いつもアメリカが邪魔をしてくるのは実に不愉快だとか、いわゆる「北朝鮮の論理」をいろいろ説明してくれました。そして最後に、「こういう状態をつくったもともとの原因は、日本にあります。ですから、一刻も速い問題解決に、日本も努力をして欲しいと思います」と、チクリ。

 

12:30:板門店レストラン(昼食)

板門店のレストランがこちらです。板門店で勤務する人々が食べに来るところですね。またまた、VIP待遇の立派な食事が出てきました。たまごがきれいに刻んであるの、わかりますか? 北朝鮮では、たまごは相当な贅沢品なんですよ。ご飯もおかずも、食べきれないほど出てきました。申し訳ない気持ちになります。

関係ないですが、ここのレストランの一階の入り口においてあった「コートかけ」が、すごい高そうなのに驚きました。たぶん北朝鮮が豊かだったときのものか、主席や書記が訪問してきたときのために準備されたものか、あるいは外国の偉いさんからの贈り物なのではないでしょうか。木でできていて、きれいな彫り物がしてあって、漆がぬってあるのか、非常に歴史を感じさせるものでした。

 

14:00:開城の旅館街

平壌に向かう途中、開城の旅館街に寄りました。街並みは古く、日本の時代劇に出てきそうな雰囲気をただよわせていました。戦前からある建物なのかもしれません。平壌とは、だいぶ異なる家々でした。こういう街並みを、日本兵は闊歩していったのかもしれないなぁと思うと、いろいろ考えさせられました。小さな街ですが、ここにも、主席の絵が飾ってありました。旅館の女主人は「最近は、日本人が泊まりに来ないんだけど、どうしたんだい?」と聞いてきました。どんな部屋なのでしょう?

15:00:6月9日高等中学校

ここは平壌にある中学校です。生徒数は1000人だそうです。観光客に見せるためか、非常にきれいにしてありました。と言っても、日本の学校だって、外国人の訪問があれば、きれいにしますよね。ちょうどクラブ活動をしているとかで(たぶん私たちに見せるためなのだと思いますが)、科学部や化学部、ちょっと面白いところでは、チュチェ思想研究クラブの活動を見て回りました。


教室風景

チュチェ思想研究クラブ

科学部

学校の校庭と校舎

玄関を入ったところに、飾られている絵

その後、演劇部か音楽部かわかりませんが、生徒たちによる演奏と踊りを見ました。なかには金正日書記を讃える歌もありました。踊りは、私が日本にいるときに見た、北朝鮮に関するビデオ(政府レベルの本格的な出し物の映像)にあったものと、音楽の雰囲気も踊りの雰囲気も一緒で、「あっ、あれかぁ」と思いました。ここの人たちは、きっと外見で選ばれた、いい待遇の学生なのではないかと思います(違うかもしれませんが)。

上の建物の写真は、学校の校舎とグラウンドです。別れ際、校長先生と握手をしました。ここの校長先生は、国会議員も兼ねているそうです。(そう言えば、平壌ではエリートたちがベンツに乗るわけですが、校長先生クラスの方も、ベンツに乗っているという話をうかがった記憶があります。ただ、これ、不確かです。私のうろ覚えの可能性もあります。念のため)

 

 

16:30:凱旋門

これは、平壌で有名な「凱旋門」です。わざと、パリの凱旋門より大きく作られています(10メートルぐらい高いそうです)。なかなか立派でした。もうちょっと違うところにお金を使ってもいいんじゃないか、とお節介をかきたくなるほどでした。北朝鮮にツアーで来る場合、必ず訪問する決まりになっている場所らしいです。ここは、近くから写真を撮るぐらいで、特に何かがあるというわけではありません。この左側には、マスゲームでおなじみの「金日成競技場」があります。

17:00:柳京ホテルを撮影

これも平壌名物の柳京ホテル。100階以上の高さがあります。工事は数年前から止まっています。ガイドさんによると、提携先を探しているらしいのですが、西側の情報では、これ、コンクリートがむき出しのままで雨にさらしているので、水がしみこんで、もう建物としては使いものにならないらしいです。「一度壊してから建て直した方が安くつく」とか、「すでに傾き始めていて、このままだと危険だ」という情報もあります。

もっと近くから見てみたかったのですが、時間がありませんでした。残念。ただ、これほどのホテルをつくっても、需要はあるのでしょうか? 平壌にはすでにいくつかホテルがあるんですけどね。

17:30:金日成広場

ここが有名な、金日成広場。よく映像で出てきますよね。軍事パレードの映像とか、御覧になったことありますよね? それがここです。広場の地面をよく見ると、白いマークがあちらこちらに付いていました。「これは何の印ですか?」とガイドさんにたずねると、軍事パレードや式典などの際に、兵士が整列するときのマークなのだそうです。

 

18:30:National Restaurant

お別れパーティーということで、焼き肉を食べました。国際文化会館の裏にある建物の地下にあるレストランです。肉の味はまぁまぁ。でも、なんか妙に金持ち風の人とか、すごい偉そうな感じの人とかがいて、ちょっと緊張しました。ちょっとしたスパイ映画に出てきそうな感じの所なのです。本によると、こちらでは肉はかなりの貴重品だそうですよ(平壌市民でも、一年に一度食べられるかどうか、というぐらいのようです)。

20:30:<普通江ホテル>

お腹いっぱいになって、ホテルに戻ってきました。北朝鮮観光もこれでおしまいです。あっと言うまでした。明日は早朝に出発です。友人への絵はがきを大急ぎで書き上げて、就寝。おやすみなさい。

今日の費用
なし

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