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インドネシアで大人気の車「Mazda2」と、同国某企業の1969年の社内報との邂逅
我が家には、もうすぐ3歳になろうとしている息子がいます。
男の子だけあって、車好きですが、
彼の最近のお気に入りチラシがこちら。
「Mazda2」という車の広告です。

【写真:某フリーペーパーの広告から】
□ □ □
でも、このチラシ。
よくよく見ると、左下のURLは「co.id」。
インドネシアのドメインになっています・・・。
この「Mazda2」という車、
日本では「デミオ」という名前ですが、
インドネシアでは「Mazda2」という名前で流通しています。。
現在のインドネシアで大人気の車なのだそうです。
現地事情に詳しい知人によれば、
MAZDA躍進の原動力車種とのこと。
この広告は日本語で書かれていますが、
インドネシアで発刊されている日本人向けフリーペーパーに載っていたものです。
□ □ □
これを聞いて、急に思い出したのが、
今年の6月、インドネシアにある祖母の家を訪問した時のこと。
古い家だけあって、いろいろ探検していたら
私の曽祖父が1930年に現地で起業した会社の
昔の社内報が出てきました。
なんと、「1969年7月号」。 実に古い!
社員向けなので、もちろんインドネシア語で書いてあります。
当時のインドネシアでは「旧仮名遣い」の時代なので、
ちょっと読みにくかったのですが、
とても微笑ましい日本紹介のコラムを発見しました。
「コンピュータはすごいぞ!」という内容です。
それこそ、すごい題名(笑)
□ □ □
そこでは、マツダ自動車のロータリーエンジン誕生秘話が
熱く紹介されていました。
| 「不可能と思えるようなことでも、 コンピュータをうまく活かせば可能になる時代になったんだぞ!」 |
と力説しています。
| 「新時代に突入したんだ。なんでも不可能だと思い込むなよ!」 |
と。
□ □ □
そして、マツダの新自動車がいかにすごいか、
その技術開発の背景も含めて紹介されているのですが、
コラムの最後は、このように締めくくられていました。
| 「そんなすごい車だが、今のインドネシアには残念ながら輸入されていない。 早くインドネシアの科学技術と経済が進歩して、 マツダがインドネシアにも輸入されるような時代が来るといいね!」 |
なんという純朴さ!
そして1969年7月号という、この42年の歴史の隔世の感!
思わず涙が出てきましたよ。
□ □ □
このコラムの執筆者は、もう亡くなっているでしょう。
もう42年も前のコラムです。
(曽祖父の会社の社員だと思うので、調べればわかるでしょうが)
もし今のインドネシアで、マツダ車が走り回っている現状を見たら、
彼は、どう思うのだろうか? と、
不思議な感慨にとらわれました。
□ □ □
今のインドネシアは、ものすごい成長ぶりで、
それこそ、バブリーとも言えるほど。
これほどの発展を予想していたはずはないので、
彼の子供の世代がマツダ車に触れている現況には、
それこそ涙なのではないかと、私は思います。
□ □ □
つくづく思うのです。
この純朴なコラムを見て、なおさら。
今ある先進的な環境を、当たり前と思うなよ、と。
| 「みんなで努力して良い国にして、 早くマツダ車が輸入できるようになると良いね!」 |
と、実にプリミティブな純粋な願いが、集積した結果。
これは、決して当たり前のものではなくて、
「奇跡」と「感謝」のもとに与えられているものなんだと。
□ □ □
「早く輸入できる国になれると良いね」って、
当たり前かもしれませんが、
私は当時の社内報を目で追いながら、思わず涙しました。
「早く輸入できる国になれると良いね」という感性。
純粋で純朴な感性。
最先端を当たり前と思うのではなく、
現在の奇跡を奇跡をとらえられるだけの感性を
本当に本当に大事にしたいものです。
そうであってこそ、先人の期待に応えられるのではないでしょうか。
□ □ □
曽祖父の会社の社員が書いたコラム。
その対象となる車の宣伝を、私の子供が喜んでいる。
5世代の時空の流れ・・・。
なんとしてでも、日本とインドネシアの懸け橋にならなくては!と
改めて心に誓う契機となりました。
2011年11月2日 渡邉 裕晃

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【社長ブログ】時の運と人の縁をきわめる日々の記録
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【 会社HP 】株式会社サムスル
【 ダンボール専門ECサイト】「オーダーボックス・ドットコム」
【 セミナー・イベント 】「 成長縁(R)大学」
【 1×1×1=100を創る「成長縁(R)」創出カンパニー 】
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インドネシア人と日本人との間に生まれる。大学を卒業後、大学教授を目指して大学院に入学するも、ビジネスが面白くなり、1999年に24歳でネット広告会社「サムスル」を創業。その後、「業務用ダンボール」専門ECサイト「オーダーボックス・ドットコム」を始めとする事業買収や、ベンチャー企業への出資、複数の企業の社外役員を経験。地域振興にも関心があり、新宿区の「産業振興基本条例に関する懇談会」委員や「産業振興会議」委員、「男女共同参画推進会議」委員などを歴任。日本とインドネシアの混血(ハーフ)という背景から、インドネシアと日本の懸け橋を目指して活動中。インドネシア人向けに運営している個人facebookページには、すでに16,000人以上のインドネシア人が集まっている。「サムスル」(Samsul)は私のインドネシア名で、古いジャワ語で「太陽」を意味する言葉。ネット広告会社らしからぬ社名にしたのは、創業以来、「アジアの太陽になる!」との決意を表明したかったため。
「成長縁」=「関わりを持つ、できるだけ多くの存在が成長しあえる関係」創りがポリシー。ジョギング好きで、過去には毎月ランナーを集めて「朝5時からビールを飲んで日本の朝を元気にする会」を開催、テレビ等でも紹介される。2児の父。
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