インドネシアの独立記念日にあたって

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今日はインドネシアの独立記念日です。
インドネシアでは、独立記念日はとても重要な日。
最近は減っていますが、昔は一戸建ての玄関の門に、
大きく「1945」という数字を出す家が多くありました。
門の左側に「19」を置いて、門の右側に「45」を置いて。
幼少期、独立記念日にインドネシアにいる時は、
外を見ればいつも朝からお祭り騒ぎで、
家の庭から、いろいろな装飾を施した車や人々を眺めるのが
私はとても好きでした。
 
高さ132メートルを誇る独立記念塔
【写真:高さ132メートルを誇る独立記念塔】


 
 
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これはジャカルタのガンビル駅の前にある「独立記念塔」です。
高さ132メートル。
一番頂上にある「炎」は、なんと50キログラムの純金で作られています。
私が最後に登ったのは17年前。
朝からたくさんの店で賑わっています。
 
朝からたくさんの店で賑わっています
【写真:朝からたくさんの店で賑わっています】
 
日本の歴史の教科書には書いてありませんが、
初代大統領であるスカルノの「独立宣言書」の草稿は、
ジャカルタにある日本軍海軍少将、前田精(ただし)さんの邸宅で執筆されました。
しかも西暦ではなく日本の皇紀で記されています。
 
 
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今年、ある日本語講師の集まりに参加した際、
たまたま隣になった女性と会話をする機会がありました。
わずか5分の休み時間の会話だったのですが、
いきなりインドネシアの話になり、
「インドネシア独立宣言の場所を提供しまして・・・」とおっしゃるので、
「ひょっとして前田さんですか?」と言ったら、
「えっ?よくご存知ですね! わたくし、前田の縁戚の者でございます」と
驚かれました。
 
 
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私のインドネシアの曽祖父も、インドネシア独立に際して表彰を受けているので、
その話をしたら、また驚かれ、
「お互いにインドネシアの独立に資するところがあったのですね・・・」と。
私の曽祖父は、あるアメリカのジャーナリストの記事によれば、
独立戦争にあたって、前線兵士へのタバコの提供や、現金の提供、
逃走犯の隠匿援助などをやっていて、
それで十数年後に政府から表彰されたとのこと。
 
 
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オランダやイギリスや日本や、いろいろな目論見があって、
インドネシアの独立は、
多大な思惑と犠牲と運・不運が重層的に織りなしている出来事。
ひとことで、ああだ、こうだと言い表すことのできない、
とても深い事象だと思います。
 
独立記念塔の土台部分
【写真:独立記念塔の土台部分】
インドネシアの人たちにとって、自らを誇りに思う大事な一日。
それが今日の独立記念日です。
そんなインドネシアに対して、
自分は何ができるだろうか?
この独立記念日を機に、改めて考え直してみたいと思います。
■追伸:
掲載した写真は、2013年11月に撮影したものです。

(参考:samsul.comブログから)
 
■2015年8月17日up
 インドネシアの独立記念日に対応したGoogleロゴマークの歴史


 
 
サムスル
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時の運と人の縁を極める日々の記録 】  渡邉 裕晃
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