今回ご紹介するのは、『社長失格(ぼくの会社がつぶれた理由)』です。
著者は、ニュービジネス大賞を受賞し、ベンチャーの雄と称されながら、1997年に倒産したハイパーネットの創業者、板倉雄一郎氏です。創業から倒産までを実に克明にまとめています。倒産事例に学ぶ風土に欠ける日本では、大変貴重な記録です。
(板倉雄一郎著、日経BP社、1998年11月30日発行)
会社が倒産するとはどういうことなのか。これを実感のレベルでとらえることは、なかなか難しいことです。以前、ある経営者の事務所にうかがって話をしているときのこと。突然電話がなり「あ、ちょっと待っててね」と言って電話に出られたのですが、みるみるうちに顔が青くなっていくものですから、どうしたのかと思うと、その方が応援していた会社の社長さんからでした。その時がまさに「倒産してしまいました!!」という声だったのです。
会社の倒産というものは、あっという間におとずれるものであること。その予兆は経営者自身には実際になかなか把握しにくいものであること。かりに把握できたとしても、ついつい目を覆ってしまって見ないふりをしてしまうことから、何らの対策もとれずに終焉を迎えてしまうらしいこと。そういったことを知らされたのでした。
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この本は、インターネットブームとベンチャーブームの中で流星のごとく現れた、期待の急成長ベンチャー企業、ハイパーネットの誕生から倒産までを描いたものです。
ハイパーネットを御存知でない方のために補足をしますと……
ハイパーネットは、インターネットを無料接続にするシステムを提供していた会社です。無料で接続できるかわりに、ブラウザーを開くといろいろな会社の広告が出てくるという仕組み。加入者は入会時に属性を聞かれるので、広告主はターゲットを絞った広告配信ができるということで注目を浴びました。どれほどの注目があったかというと、例えば……
・六本木ヴェルファーレで記者発表。
・日本経済新聞、第一面に記事として掲載。
・ニュービジネス大賞と、通商産業大臣賞に選出。
・複数の銀行が、無担保融資も含めて合計二十数億円の融資を実行。
・野村証券とソロモンブラザーズが共同で、アメリカ店頭公開市場(NASDAQ)への公開を準備。
・アメリカへも進出。多くの企業から提携話が寄せられ、コンピュサーブとも提携の予定に。
・ビル・ゲイツから面会を求められ、買収希望の話も。
・韓国へも進出。韓国財閥サムスングループの広告代理店チェイル・コミュニケーションズ(韓国最大の広告代理店)と提携。
などが挙げられます。これが銀行からの融資引き上げ攻勢により、会社は急転直下で倒産への道を転げ落ちることになります。
この本の特徴は、出来事が羅列されており、著者がそのとき何を思っていたかということが述べられているということ。つまり、そこからどのような教訓を読みとるかが読者に委ねられているのがポイントです。個人と組織について、金融機関取引先とのつきあいについて、経営者の判断が会社に及ぼす影響、社長の発言が社員に及ぼす影響……といった具合に、いろいろな論点を見いだすことができます。なぜ融資引き上げ攻勢が起きたのか、その背景は、貸し渋りムードだけではないこと、銀行側が板倉さんの行動や言動をどのように分析していたのか、というところまで想像させます。
板倉さんは本書の執筆のきっかけとして、「経営者の失敗」をケーススタディとして伝承する文化がアメリカの社会にはあり、倒産した会社の社長がビジネススクールで講師をつとめることもあるということを挙げています。本書を読んで、日本でもそのような研究が必要であるということを強く感じました。日本では「八起会」という会が有名ですが、もっともっと重視されても良いのではないかと思います。
また「二人の経営者」という考え方が出ています。事業を起こす「起業家」と、実際に軌道に乗せて経営を進めていく「経営者」は、それぞれ異なる能力を要求されるという点です。日本の中小企業の場合、「兵隊はいるけど幹部が足りない」という会社が多いような気がします。ベンチャー企業を見ても、アイディアは事業化できても、安定した「経営化」がうまくいかない場合が多いと聞きます。そういう意味で、このあたりは示唆的であるし、参考になると思います。
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この本には、多くの人たちから期待されたベンチャー企業、ハイパーネットの誕生から倒産までが描かれています。失敗事例、とりわけ倒産事例に学ぶという習慣があまりない状況の中では、とても貴重な本だと思います。倒産という「結果」を見るだけでは、その本質はなかなかうかがえません。後付けの理由で「あれがいけなかった」とか「あのときこうしていれば良かった」といったものは、たしかに参考にはなるかもしれません。しかし本当に深く理解し考察しようと思えば、その「過程」をじっくりと眺めるべきで、そういう意味で本書の役割は大きいと私は思います。
特に評価したいのは、当事者が書いているにもかかわらず、感情的な記述が排除されていて、時系列順に忠実にとてもわかりやすく、たんたんと書かれていること。俗っぽい表現を使えば、板倉さんの「頭の良さ」を感じさせます。この会社失敗記は、中小企業の経営者から幹部候補の方々まで、他山の石として幅広くおすすめできる一押しの本です。
■追記:
本書を読了後、板倉雄一郎氏の講演をうかがう機会がありました。こちらをどうぞ。
☆ 著者略歴 ☆
元株式会社ハイパーネット会長。1963年、千葉県生まれ。1983年、ゲームソフト会社、ザップ設立。1989年、ダイヤルQ2サービス会社、株式会社国際ボイスリンク設立。1991年、株式会社ハイパーネット設立。1996年、インターネットと広告を結びつけた「ハイパーシステム」を開発。アスキーと提携し、インターネット接続無料サービスを展開、注目を集める。1996年、ニュービジネス協議会の「ニュービジネス大賞」受賞。1997年、銀行の融資引き上げ攻勢で事業が行き詰まり、負債総額37億円で倒産。1998年、自身も負債総額26億円で自己破産。( http://www.fbi.co.jp/itakura/ ) |