ハイパーネット元会長、板倉雄一郎氏の著書『社長失格』。読み終えた後、板倉雄一郎さんご本人による講演会があることを知り、さっそく行ってみました。1999年2月16日(火)に、大手町の日本開発銀行で開催されたものです。主催者は日本ベンチャー学会です。講演をうかがって考えたことをまとめてみました。
なお書籍『社長失格』の書評は、こちらをどうぞ。
私は板倉さんのことはテレビで数分間しか見たことがないので、どんな方なのだろうかと興味があったのですが、実際拝見すると、体は小さく、見た目にも大変若いという印象を受けました。講演者の境遇がかなり珍しいので、講演自体はなかなか興味深く聞くことができたのですが、私の感想としては、彼のカリスマ性を感じると同時に、若干の違和感と心配を抱く結果となりました。
まず板倉さんは、倒産によって百人以上の株主に合計四十億円以上の損害を与えたことにふれて、大変申し訳ないことをし、責任を痛感していると述べられました。銀行の融資引き上げ攻勢が、倒産の直接の原因ではあったものの、しかし創業者である自分にこそ全責任があるということ。これを理解するには、1年ぐらいの月日を費やしたと語られていました。これは『社長失格』を読んだだけでは伝わらないことでした。倒産という事態を受け止めることは、ガンを宣告された患者が事態を受け止めることと同様に「受容に至る段階」があるのだと思います。このあたりは、いわゆる倒産研究では、まだきちんと整理されていない領域なのかもしれないと思います。
『社長失格』を記すことには、たしかに反対の意見もあったようです。皆さんの中にも既にお読みになった方がたくさんいらっしゃると思います。すでに「7刷」までいったそうです。経営を学ぶケーススタディとしては実に良い本だと私は思います。逆に、当事者が自身の失敗をつまびらかにするということや、倒産事例を積極的に学んでいく習慣が無いので、こういう本が売れることになったという側面も大きいのではないでしょうか。板倉さんはこのように言います。
「『債権者がいるのに、こんな本を書くだなんて……』という、非合理的なことをおっしゃる方々もおられましたが、しかし、失敗の過程を明らかにすることが、私の責任だと考えました。株主へ説明をする義務があると思うのです。そして本を書くことにしました。ただし3〜4回、書くのが嫌になって、止めようと思ったことがあったことは事実です」
講演は、略歴半分、分析半分というスタイルで行われました。
(1)略歴紹介
(2)自分なりの分析
a.個人の失敗を分析
b.日米の、起業をとりまく環境の差に関する分析
(1)については、『社長失格』の要約ですので省略します。
(2)では、いままで板倉さんがしてきたことを御自身で分析されました。彼の結論としてあるのは、「自分は経営については下手であるし、失敗者である」ということ。ただし「会社を起こす」ことについては今でもプロを自認しているというスタンスでした。事実、ハイパーネット設立以前にも2社、スタートアップに成功しているようです。
「『社長失格』ではあるが、『起業失格』ではないし、ましてや『人間失格』ではないと思います。起業のプロであるという点において、私には、まだ生きるだけの価値は残っていると思っています」
そうした上で「起業が得意だということは、つまり、大変化が好きだということです。飽きやすいということ。変化のない状況には耐えられないんですね」とおっしゃいました。これは聞こえは良いかもしれませんが、私には違和感がありました。『社長失格』を読むと、せっかく事業としてうまく立ち上ったのに、ひとたび安定化してしまうと、ほっぽりだして次の新事業に打ち込み始める事例が紹介されています。これは特に中小企業経営の観点からすると危ないやり方です。板倉さん自身もそれがまずかったという点は認識されているようですが、
ハイパーネット時代、NASDAQの公開準備をしていたのですが、これがまた、私のような性格の人間には退屈になってくるんですね。なぜなら、「株式公開準備」=「会社を安定化させること」だからです。私自身の行動についても、あれはするなこれはするなといろいろ制限されたり、社内の決まりもつくっていかなければいけないわけです。
といったことを講演でうかがうところからすると、私は板倉さんという方を「経営者」としてではなく「起業家」でもなく「起業屋さん」ととらえるべきなのかもしれないと思いました。
他に彼が指摘していた失敗原因としては、『社長失格』でも述べられているように、組織に対する失敗があったと述べられていました。会社に雇われた経験がないので「組織」というものを理解しておらず、一方で「社内組織」に対する無理解があり、他方で銀行のような「大組織」に対する無理解があったと分析されています。事業展開を進めていくにあたっての戦略上でも、会社の身の丈をわきまえずに何でも抱え込んでしまったことを、失敗の一要因に挙げていました。
また日米の起業にまつわる環境の違いをいくつか紹介されていました。自らの失敗を、起業環境の差に帰するためではなく、実際に板倉さんがアメリカや韓国に進出されて感じたこと、アメリカ店頭公開市場への公開準備を進める段階で感じられたことなどで、貴重な指摘も見られます。
例えば、日本のベンチャーキャピタルへの期待はかなり強いようです。というのは、板倉さん自身が事業を展開する中でいろいろな不満を感じていたこともあるでしょうし、実はハイパーネットを軌道に乗せた後に、御自身も日本でベンチャーキャピタルを開始されようと考えていたからのようです。このような指摘をされていました。
少なくとも私の知る限り、日本には真のベンチャーキャピタリストと呼ぶに値する方はいらっしゃらないように思いますね。日本のベンチャーキャピタリストの場合、社員にリターンが還元されていないんです。成功したキャピタリストも失敗続きのキャピタリストも、年功序列の中でくくられてしまうので、あまり給与に差が生まれないわけです。大きな成功を狙わず、いかに失敗をなくすかという堅実路線になってしまい、結局、組織優先志向になってしまうんですね。
それからおまけ。
『社長失格』で、板倉さんが彼女にせがまれて、ゴールデンレトリバーを2匹購入したことが紹介されています。この犬たちが、その後どうなったか御存知でしょうか? 板倉さん個人で購入されたわけですが、自己破産宣告に伴う没収からは、なんとか免れることができたようです。講演の中で板倉さんが2匹の犬への感謝を述べられていたことは、とても興味深く感じました。どんなに苦しく疲れ果てている時でも、家に帰るとそばによってくれるし、プレゼンテーションの練習をすれば聞いてくれるし、アルコール中毒になりかけたときも、常に散歩につれていくようせがまれるので、運動不足にもならずに健康を維持できた……等々。
余談になりますが、ペットへの接し方、あるいは、動物一般への愛情の注ぎ方も、実は経営スタイル、とりわけ人材活用、パートナーとの協業スタイルに少なからず関係してくるのではないかと私は思うのですが、いかがでしょう。やはり考えすぎでしょうか。ただいずれにしても、板倉さんの犬の話はなかなか興味深く思いました。
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倒産をしたわけですから、反省の色で落ち込んでいるのではないかと私は思っていたのですが、講演を聞く限り、とても元気そうに感じられました。それどころか、板倉さんは次の起業に向けての準備を着々と進められているような雰囲気すら、におわせていました。
経営は下手ではあるけれども、スタートアップには絶大な自信がある。もし機会に恵まれるようなことがあれば、ぜひ挑戦したいし、挑戦すればまた成功させるだけのことはやってみせる、ということでした。
私は、ぜひ挑戦していただきたいと心から思いますが、今までの大きな失敗からたくさんのことを教訓として引き出した上で、今後の経営に反映させていただきたいと願います(私が言うことではないですが)。
はたらくことの意欲とその原動力にある欲望についても言及されていました。語弊を生じる可能性があるので、板倉さんがどのように表現されていたかをここで文字にすることは避けます。しかし、きちんと欲望を肯定したこと、しかもそれを今の状況で人前で宣言できるということは、彼の「強さ」と見るべきか、それとも単なる「恥知らず」と見るべきか、意見は分かれると思います。ただ私個人としては前者であってほしいと思っています。
私は講演をうかがうときに、その内容だけでなく、講演の仕方にも注目するようにしています。板倉さんは著書で述べられているように、御自身が自らのプレゼンテーション能力の高さを自慢されています。それだけに余計に私は期待して講演をうかがっていましたが、たしかに板倉さんの話し方を見ると、それなりのプレゼンテーション能力は認められると思います。彼にカリスマ性を感じる人が割合多いらしいことも、無理もないとは思いました。
ただ前述の通り、若干の違和感と心配も感じたことは事実です。これをどう見るべきか、私としてはまだ何とも言えない状況です。おそらく、経営スタイルの問題なのではないかという気もします。
『社長失格』を読む限り、板倉さんの経営スタイルには、どこか博打的な雰囲気が感じられました。いろいろな人に声をかけて、金と人とを集め、良い坂道を探しだし、一気に線路を敷設してトロッコを置いて走らせたら、あとの操縦についてはもう知らない。そんな感じすらします。
推測に過ぎませんが、総合して考えると、彼は起業の初期から中期までなら大変高い能力をもっているものの、後期(起業を企業経営に結びつける段階)には向かないような気がしました。私がこういうことを言うのも大変失礼とは思うのですが、あえて非礼を承知で言えば、もし板倉さんを強力に支える実務家が初期の段階から同伴していなければ、また同じ失敗を繰り返すような気がしました。
ただスタートアップに限って言えば、既に実績があるわけですし、もともと才能のある方だと思いますので、ぜひ今後の活躍には注目したいと思います。もし次に本を執筆する機会があるなら、今度は起業ノウハウや事業アイディアの構築など、スタートアップ関連のテーマを扱っていただきたいというのが私の希望です。
成功談に学ぶことよりも、失敗談に学ぶことの方がはるかに奥が深いということを感じました。『社長失格』の本を読んだだけではわからなかったこともたくさんあったように思います。今後も、ハイパーネットの事例については、おりにふれて考えていきたいと思っています。
ちなみに、倒産後の板倉さんの活動としては「講演」が多いようですが、最近の活動についてはホームページでまとめられており、適宜更新されているようです。一度御覧になってはいかがでしょうか。(http://www.fbi.co.jp/itakura/ )