かつて共同で事業を立ち上げようとしていた知人が亡くなっていたことを知った衝撃

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この記事は、当初はFacebookに書いたものです。ある意味では「思い出を羅列しただけ」の内容なので、ブログ記事にはそぐわないのではないかと思い、あえてブログにはしていませんでした。

しかし記事を読んだ知人が、こんなコメントをつけてくれて。

唯一無二の世界で一期一会を大切に生きること、改めて肝に銘じました。ありがとうございました。

「なるほど、そういう観点で見てくだる方もいるのか」と、私にとっては意外な発見でした。もしそのように「何がしか、得るものがある」のだとしたら、ブログに転載しておくべきなのかも・・・と思い、ここに転載することにしました。

かつて共同で事業をやろうとしていた知人が、実は亡くなっていたことを知り、激しい衝撃。享年49。

今日たまたま読んだ記事で知ってしまって。えーっ!! と。もう言葉がない。

僕自身、昨年1月にインドネシアから日本に帰ってきた。いくつもの理由があるけれど、その一つは、この共同事業を延期or中止にする決定をしたこと。コロナが深刻化したことから、様子を見ようと。

「この事業に、思い切りリソースを割くぞ!」と、前のめりに考えていた僕は、彼のあまりにもあっさりした決定に「ええっー!」と。

コロナで仕方がないとはいえ、正直な話、この方向転換に対応することは、けっこう厳しかった。でも、この延期・中止は正しい決断だったと、今となっては確信をもって言える。

そう。最初に彼に出会った時、話をしてすぐ感じたのが、パワフルなほどの起業家精神。頭の回転の速さ。そして「あ、この人、お金をつくるのが得意な人物だな」ってこと。

次々にアイディアが出るだけでなく、話に応じて「あ、あの人とつなげたらいいかも!」って。話していて、心地よかったなぁ。脳をフル回転させないと、話についていけないくらいに。

話のスケールも大きいのが特徴で、当時、ちょっと縮こまっていた自分の発想を大いに広げてくれた。将来に向けた時間軸においても、またビジネスマインドの点においても。

と同時に感じたのは、それゆえに敵も多くなるだろうなと。多くの人が寄ってきて。有能な人も集まるけれど、悪い人も引き寄せてしまう力をもっているなと感じられて。

初めて会った時、午前中に会ったものの話が盛り上がり過ぎて、その日の夕方にまた再会することに。こういうケースは珍しくて。

いったん昼に解散。でも「初対面なのに、なんか見たことあるお顔だな〜」って思い、気になって仕方なくなって。気持ちが悪いので、ネットで検索してみたら、やはり的中。

大学院生時代、僕は彼のお父様の社長室で、経営者向けの15人くらいのミニ勉強会に参加していた。当時の僕は、その講演を要約して、メルマガを作るという仕事をしていて。

彼のお父さんも、これまたアイディア精神あふれる経営者だった。「この業界で、うちがやっている手法を真似できる会社はありませんよ!」と語っていて、そのオリジナルな手法を聞いていて「すげーっ」って思ったことを思い出す。

非常に独創性あるビジネスモデルで成長を続けていて。「これ、1回やるだけで、100万円入ってくるんですよ(笑) 大手企業にはできないでしょ、これ」って。ビジネスが楽しくて仕方がないという様子。いま思えば、親子で一緒だな・・・って。

彼自身もそう。彼自身も起業家として、お父さんとは別の業界で独自のモデルを生み出し、注目されていた。独創性ある特異なアイディアでチャレンジするところは、まさに親譲りだな・・・って。

実は、それを知らずにお会いしていたので、その経歴を聞かされた時に衝撃で。「えっ、例のあの事業のご本人でしたかーっ!」て言ってしまった(笑)

また夕方に再会した時、「あの・・・お父様は○○の創業者ですよね。実は僕、社長室に行って、お父様の講演をうかがって、要約を作成したことがあるんですよ」と話したら、非常に驚いた様子で。

にやにや・・っと照れながらも「えっー!! よくご存知ですね。びっくりしました。そうです。私の父ですよ。えっ、なんで知ってるんですかー?」って。

もう何時間くらい話したんだろう〜・・・ってくらいに長く話した。今でも思い出します、ジャカルタのフェアモントホテルのロビー。そしてその後、僕の親戚の知人が経営するジャカルタのスナヤンシティーのレストランバー「BAE」にお連れして。

BAE SenayanCity スナヤンシティ Jakrta ジャカルタ

次のアポがあったので、途中で打ち切ってしまったのですが、別れ際に「写真を撮りましょうよ」って言ってくれて。

そして「ぼく、将来の夢の一つが〇〇って、さっき言ったじゃないですか? 実はそれのポーズがあるんですよ。一緒に、そのポーズで写真撮りましょうよ」って。

僕は、特定のポーズで写真撮影に応じることは稀ですが、その夢に共感できたので、一緒にポーズをとって写真を撮ったのは良い思い出。

今日、あらためて写真を見返して、あぁ、素敵な邂逅だったなと懐かしく。ここには載せないけれど。その後、共同事業の準備のためにLINEグループをつくって。アイコンは、その時の写真にしていました。

懐かしいなぁ。亡くなったなんて、ホントに信じられない。

そうだ。共同事業のアイディアをまとめている時、大枠について賛成してくれたものの「1点だけ気になる点がある」と、反対してくれた点があって。それは、事業加速のために、僕自身がある国家資格を取るという点。

「資格を取るのは時間がもったいない。その勉強時間のリソースを事業に振り分けるべきですよ」って。こうやってハッキリ言ってくれる点も、全然イヤミがなくて、逆に気持ちよくて。

実は、その事業中止の意思決定について、当時ちょっとした違和感もあって。それゆえに距離を置いてしまったんだけど、あともう1回くらいは会いたかったなぁ。

とにかく彼は「もっともっと、思い切りチャレンジしようよ!」っていうエネルギーをくれる人だった。僕は昨年11月の試験で、行政書士に合格した。

「資格取得に反対されていましたけど、資格とっちゃいましたよー!」って、笑って報告がしたかった。日本で再会したかった。また、例のポーズで写真を撮りたかった。

記事によれば、僕が行政書士の試験を受ける数ヶ月前に亡くなっていたと。当時もし知っていたら、確実に試験に影響しただろうなぁ。勉強に集中するため、一定のネット断絶をしていたので、幸か不幸か、知ることがなかった。

なんだろう? 言葉にならない。人は死ぬ、必ず死ぬ。いつ、どんなかたちで命を終えるかは、誰にもわからない。平均寿命なんて、結果の平均でしかなくて。

だからこそ、今すぐやろうって思う。全力で楽しもうよと。仕事も遊びも全部。オンもオフもない。全部が人生。思い切りやろう。そう、明日じゃなくて今から。

わずかな交流でしかなかったけれど、本当にエネルギーをくれた。一緒に撮った写真。ホントに満面の笑みなんですよ。当時、共通の知人である某社長に写真を見せたら、「うわぁー、いい写真!」って。

あらためて、ご冥福をお祈りします。

・・・、
いや、そうじゃないな。ちがう。

○○さん。行ってらっしゃい!
そして、次のステージ、思い切り楽しんできてください!
ホントありがとうございました。これからも応援していますよ!

・・・だな。うん、きっとまた会えるはず。僕らのポーズは「3」。まずは、さようなら。

Turut berduka cita atas meninggalnya mantan partner saya, untuk calon bisnis baru di Indonesia.

Saya baru tahu meninggalnya dari salah satu majalah berita Jepang. Masih ingat waktu diskusi di Jakarta dengan bersenang-senang.

Masih muda, usianya 49 tahun. Selamat jalan dan banyak terima kasih.




【参考】いつ死ぬかわからないというテーマに関するブログ記事

このテーマに関連するブログ記事を集めました。こちらの記事も、ぜひどうぞ。

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