(鶴蒔靖夫、IN通信社、1998年 2月 7日発行) → アマゾンで購入
☆ 今回のポイント ☆ <簡単な内容紹介>
今回取り上げるのは、朝日ソーラーの創業者、林武志社長について書かれた本です。同社は抜群の営業力を背景に急成長を遂げたベンチャー企業ですが、去年の4月10日、国民生活センターから「社名公表」され、大打撃を被ります。
林武志社長の生い立ちと会社経営にかける意気込みを紹介するだけでなく、大打撃から立ち上がろうと尽力する林社長の情熱、その再起に賭ける挑戦ぶりまでがとりあげられているところが特徴です。ここは現在進行形の部分です。ここまでとりあげている本は、私の知る限りでは、今のところ本書だけではないかと思います。
まずこの本を読んで一番感じたのは、著者の誠実な態度です。
安っぽい経営書にありがちな仰々しさや、視点の偏りが少なく、常に冷静に、いろいろな角度から、しかも無駄なく検証しているところに好感が持てました。本書が教えてくれるものは、以下の四点、
・営業理念の重要性 ・社長の役割とは? ・クレーム処理に際して取るべき姿勢 ・失敗から再起するということ |
ということだと思います。いろいろ考えさせられました。
この本は、おそらく複数のスタッフを集めて調査検討したのではないかと感じました。そのため、わかりやすくうまくまとめられています。おおざっぱに把握するのには、とてもいい本です。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
朝日ソーラーには会社の根本思想として「原点思想」というものがあるのだそうです。それは「人間が真ん中で人間がすべて」ということ。
これは林社長が、ある時、ふと自分の心の中に自然と想起されたキーワードだといいます。朝日ソーラーは今回の「社名公表」以前にも、いくつかの危機を経験しているのですが、その対処ぶりを見ていると、本当にこれが会社の基本思想として据えられているということが痛感させられます。徹底ぶりがよく伝わってきます。
まず歴史的に見てみると、朝日ソーラーには創業(1983年)以来、大きく分けて3つの危機があったそうです。
(1) 東京支店の社員83人退社事件(1988年5月)
東京に支店を出して急拡大を目指すも、休日返上労働のあまりの過酷さに、社員が一斉退社。これを苦に悩んだ林社長は殺して一家心中することを決意。ところがその時、母の呼び声が聞こえて、正気に返る。「人間、死ぬ気になれば何でもできるはず」と思い直し、全力で会社再建へ。
(2) 経理部長の失踪、62億円の借金発覚事件(1992年5月)
信用しきっていた部下の裏切りに直面。数十億円の銀行預金があると信じていたところ、なんと62億円もの借金が存在することが判明。自分の能力と信用の無さに驚愕するも、社員の支えと励ましもあって、全社を挙げて再建へ。
(3) 国民生活センターからの社名公表(1997年4月)
二度の試練を乗り越えてきた林社長も、さすがに今回の仕打ちには「社名公表は死刑宣告に等しい」と吐露。2700人いた社員は 600人へ。現在、再起に向けて東奔西走中。
本書では、こうした危機に際し、林社長がどのような対応をしたのかがまとめられています。
クレーム処理にかける誠実さと完全主義(質と迅速性の徹底ぶり)には舌を巻きます(私だけかもしれませんが)。以前、某文具メーカーの社長さんの講演を聞いたとき、「クレーム処理にはコストを無視してかかれ。それがもっともコストを抑えることのできる唯一の方法である」ということをおっしゃっていたのですが、朝日ソーラーの事例には、それを上回る気迫を感じました。
1996年 4月には、トヨタ自動車の住宅事業部と朝日ソーラーの合弁会社「朝日ソーラーホーム」が創設されています。社名公表があった後、林社長は、自社の名前を隠さずに営業することを指示します。ひたすら謝り、正々堂々、真正面から勝負するのです。
トヨタの上層部も、そうした誠実さに惚れ込んだのか、「社名から朝日ソーラーを取るようなことはしないでほしい」と申し入れ、ぜひ朝日ソーラーとして頑張ってほしいと、エールをおくるほど。林社長の人間中心の誠実な人柄を感じさせる話です。
林社長の人生を見てみると、とにかく感じるのは「貧乏生活」「母親の存在」「がんばりの人」ということです。七人兄弟の末っ子として生まれ、二歳の時には父が死去。小学生時代から新聞配達をしながら家計を支えます。高校になると母親の苦労を見過ごすことができず、中退。本格的に働き始めます。ダンプカーの運転手、左官、大工、板金塗装、中華料理店、などなど21歳までの間に様々な仕事を経験するのです。
しばらくして、林さんのお兄様が経営される美用材料卸の会社に専務として入り、営業の第一線へ配置されます。本書を読む限りでは、林社長は生来、荒々しく純粋、素直で無器用な雰囲気をもつ方であるようです。ですから、突然女性相手の商売をすることになって、大変苦労されたようです。しかし持ち前の熱心さを発揮して、瞬く間にトップセールスマンへと、のし上がります。ところが、ある時「一つの会社に二人も社長はいらない」と言われ、クビになるのです。
その後は、太陽熱温水器メーカーでセールスを開始。二ヶ月でトップセールスマンになるも、社長を尊敬しきることができず、母の死という事態も重なって退社、独立します。朝日ソーラーの誕生です。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
最後に付言しておくと、本書では今回の社名公表について、朝日ソーラーに苦言を呈しています。しかしながら、それと同時に、朝日ソーラースケープゴート説の可能性にも言及し、国民生活センターや消費者サイドの問題点についても検証しています。
いろいろ問題はあるようですが、例えば単なる「相談」であっても、「苦情」としてカウントしてしまうというような、とんでもない背景もあったようです。消費者への行政の過保護が、かえって自己責任の欠如という悪循環を生んでいるとも指摘しています。
繰り返しになりますが、林社長がよく口にされると言う「人間が真ん中で人間がすべて」という言葉。これを見事に体現されている姿がよく伝わってきます。そのため、「訪問販売」であるにもかかわらず、朝日ソーラーに対する顧客の反応は上々のようです。礼儀正しさ、接客態度についてもいい意見が見られ、商品そのものに対するクレームも少ないようです。読みやすく、専門知識も要さずに、しかもいろいろ考えさせられる材料がある、というところに本書の魅力があるように思いました。
お恥ずかしいことに、私は今まで朝日ソーラーにはあまり良い印象をもっていませんでした。訪問販売そのものにある種の胡散臭さを感じていましたし、「死にものぐるいになって、営業、営業、また営業」という姿勢がなかば非人間的な活動のようにすら思えたからです。ですが、本書を通じ、林社長の人間中心の姿勢を知り、印象がよくなったことは事実です。今後、どのようにして再建をはかるのか、実に楽しみ(興味津々)です。
それから、朝日ソーラーのようなワンマン企業は、立ち上げ期には絶大な効果を発揮するものの、会社がある程度の規模に成長すると、それに応じた会社機構や制度を組み直す必要があるのではないか、林社長の場合、その辺の認識が甘かったのではないか、という気がしました。
会社経営者にとってはさけて通れない、実に難しい問題が投げかけられています。
☆ 著者略歴 ☆
1938年、樺太(現サハリン)生まれ。フリーライター、雑誌『人物評論』編集主幹を経て、著述活動に入る。「こんにちは!鶴蒔靖夫です」(ラジオ日本)は、放送3400回の長寿番組。「鶴蒔靖夫の海と釣り」(ラジオ日本・ラジオ関西)も放送5年目に入る。30年間で、約150冊の著書がある。