「門を叩け、さらば開かれん」
これは、聖書の言葉として有名ですね。
マタイによる福音書、第7章に出てくる話です。
求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
だれでも、求めるものは受け、探す者は見つけ、
門をたたく者には開かれる。
何かをつかみたければ、自らの力でアタックせよ。
そうすれば手に入れることができる、ということですね。
これは、
「自分から積極的に努力をしていかなければ、
求めるものは手に入らない」
ということですが、逆に言えば、
「手を伸ばせば手に入るものがたくさんある」
ということでもあります。
□ □ □
もし叩いてもあかなければ、
叩く力が足りないか(能力不足)、
あるいは、叩く気力が足りないか(熱意不足)、
ということになります。
何事も積極的に動いた方が、
よりたくさんの経験が手に入るわけです。
チャンスは自らつかめ、そのための鍛錬を怠るな。
これを強く再起させる、とても良い逸話だなと思います。
□ □ □
実は、このあと、第25章で、
この話とセットだったのではないかと思われる話が出てくるのですが、
私はこの話が好きです。セットで考えて、はじめて
含蓄を感じることができるように、私は思うのです。
話は、こうです。
あるご主人が長旅に出かけることになり、
3人の使用人に財産を預けます。
聖書によると、3人に対しては、
その3人「それぞれの力に応じて」、
Aさんには5タラント、Bさんには2タラント、
Cさんには1タラントを預けます。
(タラントは通貨の単位)
長旅を終えた時、彼らは主人の前に差し出します。
□ □ □
Aさんは、預かった5タラントをうまく使うことで、
新たに5タラント増やし、合計10タラントにしていました。
Bさんは、預かった2タラントをうまく使うことで、
新たに2タラント増やし、合計4タラントにしていました。
Cさんは、預かった1タラントを使わずに土に埋め、
増やすことなく、合計1タラントのままにしていました。
Cさんいわく、ご主人は大変がめつい人間であると考えて、
それを恐れるあまり、手をつけなかったというのです。
□ □ □
Aさん、Bさんは、預かったお金を使って、
勝手に商売をして増やします。
Cさんは、預かったとおりに、土に埋めておきます。
では、この3人に対して、
ご主人は、どう反応したでしょうか?
【次号に続く】
(参考:samsul.comブログから) ■2007年11月13日up 「つかまえるチャンス」と「与えられるチャンス」、その使い道(2) |
このコラムは、2007年10月24日に配信したメールマガジンを転載したものです。
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【 時の運と人の縁を極める日々の記録 】 渡邉 裕晃
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