2013年7月、幕張で開催されたイベント、「ハラル対応ホテル&レストラン 現地視察・セミナー」。第1講演は「イスラム圏からの訪日旅行者」がテーマでしたが、第2講演は「イスラミック・ツーリズム」がテーマ。
マレーシアを事例として取り上げながら、同国が観光立国として成功した要因を、「イスラミック・ツーリズム」という点に求めるという内容です。
ムスリムの観光客の多くが、旅行先にマレーシアを選択するのはなぜか。そのために、マレーシアはどのような整備をしてきたか。この点についてご紹介したいと思います
目次
イスラミック・ツーリズムという考え方
【写真:講師をつとめたユハイニ・ユソフさん】
今回の講演で講師をつとめたのはマレーシア観光文化省の「イスラミック・ツーリズムセンター」でディレクターをつとめる、ユハイニ・ユソフさんです。
「イスラミック・ツーリズムセンター」は、2009年に設立された組織。イスラミック・ツーリズムに関する調査や戦略の立案、各種団体との提携や情報交換、パートナーシップの構築、その他、講演やセミナー、観光イベントの開催、海外での観光イベントへの出展などが、主な活動内容となっています。
マレーシアのイスラム観光全体を支援する存在ですね。
そうした中で今回の講演は、マレーシアが観光立国を目指してどのような努力をしてきたか、事例を中心に紹介するという内容となっています。
イスラム圏の観光客が感じた日本のハラル環境
まず初めにユソフさんは、昨年11月に日本に来た時の体験を語られました。世界さまざまな国に旅行したことのあるユソフさん。とりわけ一番気に入ったのが「日本」だったと言います。
その理由は「人の良さ、文化や街、そして4つの季節がある」こと。「イスラム圏には、四季がありません。私はこの季節の変化を貴重に感じます」ユソフさんは、そう語ります。
しかし、その一番気に入った日本でも、大変苦労したのが、イスラムである点だったといいます。例えば食事。イスラムで許される、つまり「ハラルフード」を探すことが困難で、「食べても問題なさそう」と思えるものしか食べられず、11日間の滞在で、10キロ近く体重が減ってしまったとのこと。
また、1日5回のお祈りに必要なもの。例えばメッカの方向を知るコンパスや、お祈りの際に使用するマットなど、イスラム圏のホテルなら常備されてしかるべきものが日本のホテルにはほとんど無い・・・。
今回「ハラル認証」を取得した「ホテルスプリングス幕張」に泊まってみて、イスラム教徒にも快適な環境が整備されていたことに大変驚いたと言います。
このホテルは、ハラル対応がなされている・・・。以前の滞在時に味わった苦労がウソのように解消されていて、「大変快適。ぜひイスラムの友人にもこのホテルを紹介したい」と絶賛されていました。
観光立国マレーシアの成功要因はイスラミック・ツーリズム?
では、マレーシアの観光立国の成功要因は何だったのか。世界のイスラムをマレーシアに呼び寄せることが成功した要因として、ユソフさんは「イスラム対応を徹底したことだ」と語ります。
それは、今回宿泊したホテルに泊まってユスフさんが感じたこと。つまり、イスラム対応されているというだけでも、ムスリムとしての「安心感」が得られるということですね。
これこそが「イスラミック・ツーリズム」であるとして、「イスラムのルール(シャリア法)が守られるかたちで行なわれる旅行」であると、定義を示されました。
【写真:イスラミック・ツーリズムの定義】
ムスリムフレンドリーな観光地で3年連続の世界一に
こうして「イスラミック・ツーリズム」の観点を強化したマレーシア。その結果、「ムスリムフレンドリーな目的地」として、3年連続で世界トップに選ばれます。
(world’s top Muslim-friendly holiday destination)
【写真:ムスリム観光ナンバーワンを3年連続で受賞】
ユスフさんは、この要因を次のように解説されました。
1.平和で安定した環境(成熟した旅行産業、多様性との共生) 2.ツーリズムの適したプロモーション 3.ムスリムフレンドリーな施設(モスクなど祈祷の環境) 4.ハラル対応を経た食べ物や飲み物 5.イスラムに応じたマネジメント環境 6.イスラム団体との各種連携 7.多文化との共存や共生の実践 8.テロの脅威に対する国際的なコントロール |
また「施設」の例としては、クアラルンプール国際空港が、「ハラルフレンドリーエアポート」として、世界第一位の座を獲得したことが紹介されました。
(2位はドバイ空港。3位はアブダビ空港)
空港のムスリム向けの案内表示や、礼拝所の設備などを徹底して整備していること。
【写真:クアラルンプール国際空港の整備状況について】
また、空港のすべてのレストランが、ハラルフードに対応していることなどが紹介されました。マクドナルド、バーガーキング、ケンタッキー等のファーストフード店に至るまで整備がされているといいます。
また空港以外でも、高速道路のサービスエリアや、レゴランドのようなエンターテインメント施設にも、イスラム教徒向けの礼拝所が整備されていること。
マレーシアで星を獲得している1800のホテルのうち、220のホテルには、ハラル認証を得たレストランがあること。
ホテルで「ハラル認証を得ていないレストラン」があるとしても、たまたま「お酒を出している」という理由だけで認証を得ていないという、そういうレベルのレストランも意外とあるということなどが解説されました。
今回の講演をまとめると・・・、観光場所としてのマレーシアを考える時、公共施設から商業施設に至るまで、実に様々な施設がムスリム対応されているということ。
「ハラル」等のムスリム対応が徹底されているということは、彼らにとって、心地よく過ごせる環境が整備されているということを意味します。それゆえに、多くのムスリムの旅行先として、マレーシアが選ばれているということになりますね。
インバウンド強化で「観光立国」を目指す日本の課題
多くのムスリムの日常は、イスラムの教えにそって営まれています。教えに沿った食べ物や飲み物を味わったり、1日5回のお祈りがきちんとできる環境があったり・・・。そうした営みが安心してできる環境でない限り、イスラムの教えに背いているような「居心地の悪さ」が生まれます。
マレーシアが、多くのイスラムツーリストを集めている背景として、徹底したイスラム対応をしてきたという今回の指摘。今後さらに多くのムスリムを日本に誘致していく日本にとって、様々なヒントを提供していると言えそうです。
【写真:「イスラミック・ツーリズム」プレゼンテーション資料から】
官民挙げてのハラル対応、イスラム対応が、イスラムツーリズムの成功には重要なこと。でも、ホテルやレストラン、旅館といった一般の商業施設でも、独自にできるイスラム対策はたくさんあるはずです。
まだまだ対策をとっていない施設が多いだけに、ちょっと整備するだけでも、イスラム客を引き寄せることは大いに可能だと言えそうです。
「ハラル対応」ムスリムツーリストの要望にどう応えるか
最後に、ムスリムツーリストたちが望む「ハラル対応」として、以下の点が挙げられました。
(1)ハラルフード対応 (2)祈祷できる施設や場所の整備 (3)お祈りをするためのマットの整備(施設や客室など) (4)パックツアーであればお祈りする時間が旅程に組まれていること (5)街や施設における英語表記 |
もし本気でムスリムを招致したいと思うのであれば、たとえ小さな店や小さな施設だからと言って、「ハラル対応なんて、うちの体力ではできないよ」と嘆かないことでしょう。
小さくてもできることから、ぜひ挑戦すべきだと思います。工夫次第で取り組めることは、少なくないはずです。大きなことではなくて、小さなことからコツコツと。
イスラムの皆さんにとって、心地よく過ごしていただくのはどうすればよいか。それは、ユスフさんが冒頭で紹介したような、ちょっとした体験談からする「なんて快適なの!」という驚き。そのあたりにも、大きなヒントがありそうです。
【参考】ハラルに関するブログ記事
「ハラル」に関連したブログ記事をまとめました。こちらも、どうぞ。
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【 時の運と人の縁を極める日々の記録 】 渡邉 裕晃
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