今年は大型企業の倒産が続きました。時代が新しくなり、従来型の経営スタイルにしがみつく会社が廃れていく中で、新しい経営スタイルで挑戦する企業が求められています。しかし倒産の波は、そうした会社にも容赦なくおそってきます。期待と注目の集まるベンチャー企業の中にも、あえなく倒産してしまう会社が出てきているのです。
空気清浄機などの住宅環境整備機器を扱う急成長ベンチャー企業で、来年の店頭公開を予定していた株式会社カンキョー(藤村靖之社長:従業員78人)が、11月27日、会社更生法の適用を申請し、事実上の倒産をしました。負債総額は約86億円です。設立は1984年の3月。1997年12月期には年間売上高、約 102億円、経常利益で約6億円を計上するまでになっていた会社です。斬新なアウトソーシング活用と、思い切った経営戦略とで注目されていました。
ベンチャー指導者、藤村靖之社長
同社社長の藤村氏は一躍、時の人となり、有能な起業家として各地のセミナーで講演によばれたり、政府のベンチャー企業政策に関する委員に任命されるまでになっていたようです。私自身、二度ほど藤村社長の講演をうかがったことがあります。その一つは、関東通商産業局、中小企業事業団、社団法人ニュービジネス協議会、財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが共催したイベントの基調講演でした。ベンチャー企業経営者の指導者的な役割を担う存在であったのです。
私は今年の一月に藤村社長と名刺交換をさせていただいたことがあります。藤村氏の著書『企業家は未来に点を打つ −必ず夢は実現できる−』(H&I、1997年)を拝読し、書評を書いて(本誌 [Samsul’s Choice]No.14)、印刷して直接お渡しもしました。そういう背景があるだけに、私にとって今回の倒産という事態は衝撃的でした。
カンキョーの倒産の原因 −私の抱いていた危惧−
倒産の原因は何だったのでしょうか。アウトソーシングは守りに弱いから。不況で売れなくなったから。技術力とマーケティング力に過信があったため。規模の大きい競合他社からの邪魔がはたらいたため。急成長させた自信から慢心が生まれたため……。新聞、雑誌は、いろいろと分析してみせています。
しかし真相はよくわかりません。様々な要因が絡み合ったり蓄積されてきた結果なのかもしれません。単純な理由に帰することができるかもしれないですし、もしかしたら計り知れない奥深い問題が交錯しているのかも知れません。部外者にはうかがいしれない理由もあるのだろうと思います。
ただ私は、藤村社長の本を読んで講演を聞いた段階で、一つの危惧をもっていました。いまさら言ったところで、単なる後知恵にすぎないと思われるだろうことを承知で言えば、倒産理由の一端は、いみじくも藤村社長の著書表題「企業家は未来に点を打つ −必ず夢は実現できる−」というところに表れているような気がするのです。
私は先の書評の最後にこう書きました。
藤村さんは、変化の多い時代にあって成功するポイントは、本書の題名にあるように「未来に点を打つことだ」と述べています。そしてそこから現在の自分を眺めれば、おのずから自分の役割、使命が見えてくると言います。そうすれば、あとは迷うことなくそこに向かって進めば良いと。
ただ、そういう「点」をうまく打つのは至難の業ではないでしょうか。未来に点を打つ。これは大変示唆的だと思います。ベンチャー企業の倒産が相次いでいるのを見ればわかるように、誰でも簡単に打てるというものではないはずです。 先ほどの藤村社長の例で述べたような、努力、資質、姿勢が根本にあって、はじめて成り立つものなのであろうということを強く感じました。 |
藤村社長に直接お渡しすることを考えてトーンをかなりダウンさせて書いています。ただ「未来に点を打つ」と書くと聞こえは良いですが、逆に言うと、「成長を前提とする希望的楽観論」に陥る可能性を多分にもっているわけです。「攻めの経営に注力するあまり、守りの経営を欠いていた……」。日経産業新聞はそう分析しています。
一事が万事、夢や情熱には謙虚さと冷静な判断も不可欠
成長前提の強気な路線は、実際に成長軌道に乗っているときには効果的に影響します。しかし衰退に入ると守りに弱くなります。経営者である以上、成長を願う心が人一倍強くなるのは当然ですが、想いつめるあまり、願望と計画とを混同するようになってしまう……。熱い情熱には冷静な判断力が伴わなければ、なかなか功を奏することはありません。周りの人に持ち上げられ、冷たい応対をしていた役人層までが注目を寄せるようになり、実際に数字も上がっていけば、絶大な自信が生まれてくるでしょう。
私が講演をうかがって気になった点は、従来型経営をことさらに軽視したり見下したりしていたこと。そして、自らが押し進める新しい経営手法への絶対的なまでの自信を誇示されていたことでした。分析記事を読むかぎりでは、大手電機メーカーとの競合関係にはかなり厳しいものがあり、金融機関との取引関係にも不安定な状態が続いていたといいます。私の一方的な推測に過ぎませんが、孤軍奮闘、孤立無援の経営だったのではないでしょうか。時代の転換が叫ばれ、新しいもの、新しいやり方がもてはやされますが、”something new” は必ずしも “something good”というわけではありません。
藤村氏によると、売り上げが落ち込み始めたのは今年の一、二月だと言います。これがもし本当だとすると、それからわずか十ヶ月で倒産をむかえたことになります。カンキョーはベンチャー企業であるとは言え、決して零細企業ではありませんでした。売り上げ百億円を超える企業ですら、このような事態に陥る可能性があるということです。
「一事が万事」という言葉があります。企業経営には特にそれが当てはまると私は思います。持ちつ持たれつの世界があります。「現在の点」から「未来の点」を結びつける線は、旧来手法の絶対否定や、闇雲な未来志向、理想志向からだけでは生まれないのではないでしょうか。夢や情熱も大事ですが、いかに素晴らしい試みも、謙虚さと冷静な判断が伴っていなければ容易に崩れてしまう。そういう想いを強くしました。意欲あふれる期待のベンチャーの倒産。とても残念です。
【関連URL】
・株式会社カンキョー( http://www.kankyo.net/)