西城秀樹さんが63歳という若さで急逝。こんな若さでお亡くなりになるだなんて信じられません。
ちょうど昨日のブログで「「人はいつ死ぬかわからない」という事実にもっと着目しよう、と僕は考える」という記事を書いたばかりでした。2018年5月16日に急性心不全でお亡くなりになったそうです。
脳梗塞との格闘は有名でしたが、こんなにお若くして急逝されたことは驚きです。いやはや、本当に考えさせられますよ・・・。しかも、かつて西城秀樹さんとは新宿のホテルの天ぷら屋さんのカウンターで隣になったことがあり、その時の体験は今でも記憶に鮮烈なのです。今回は、その体験をご紹介します。
目次
誰もいないカウンター席。すぐ隣に座ってきたのが西城秀樹さんだった
11席しかないカウンター席。妻と一緒に天ぷらをいただいていました。我々2人以外には誰もいない時で。おいしい天ぷらをいただきながら、ゆっくりくつろいでいた時のことです。
「いらっしゃいませ〜」との声があり、外から1人の男性がやってきました。私と妻しか座っていないカウンター席。その男性は、なぜか私のすぐ隣に座りました。「えっ? こんなにたくさんの席があるのに、なんですぐ隣に?」と思いつつ・・・。
たった一人でやってきたお客さん。席に座るなり、とっても気さくに大将に話しかけます。それこそ弾丸トークのよう。
大将に向かって一方的にしゃべりかける彼。「ずいぶんとしゃべる人だな・・・」なんて思いつつ、でも「聞き覚えのある声だな・・・」と思って横を見たら、なんと西城秀樹さんだったのです。
テレビでは見かけない、西城秀樹さんの意外な姿
おそらく2004年か2005年の出来事です。大スターの突然の出現に、私も妻も、何が起きたかさっぱりわからない・・・という状況に置かれました。よりによって、すぐ隣だし。
さらにびっくりしたのは、本当によくしゃべる・・・。テレビで見る寡黙な印象とは違い、もう隙間がないくらいによくしゃべる。これには本当に驚きました。
いわく、明日は新宿で公演があって・・・、自宅からも通えるんだけど、気分ってものがあるでしょう?・・・やっぱりこういうところに泊まって、ちゃんと準備したいんだよね・・・。
弾丸のようにしゃべり続ける西城秀樹さん。そしてそれを「うんうん」と、黙って頷きながら、静かに受け止め続ける大将。いつもは、とっても和やかに会話をしてくれるはずの大将が、なぜか西城秀樹さんとのやりとりでは寡黙になって。そして、ただただ仏様のような笑顔で、ひたすら黙って受け止めている・・・。
実に印象的な光景でした。
単なるアイドルにとどまらない、昭和の職人魂
私が覚えているのはそれくらい。緊張のあまり、ほとんど覚えていなくて。でも、それだけは覚えているんです。そこまでの入念な準備、さすがにプロは違うんだな・・・なんて思いつつ。
でも私がはっきりと覚えているのは「あれ、もしかして寂しがり屋なのかな」と。
孤独をかかえながらも、それを負にとらえず、それこそ「アイドルとしての宿命」として受け止めつつ、個を抱えながら乗り越えようと克己奮闘されているのかも。それもまた、すごい職人魂だな・・・なんて。
私はそれでまた圧倒されてしまったのです。いやはや、とんでもない人だなと。
西城秀樹さんの「話しかけてもいいよ」オーラ
今になって振り返ると、あの時、明らかに「話しかけてもいいよ」オーラがあったと思います。
当時はまったく気づきませんでした。でも冷静に考えてみれば、「話しかけてもいいんだよ」と。もっと言えば「話しかけてごらん」「大将をまじえて、みんなで普通におしゃべりしてもいいんじゃない?」って。そういう雰囲気は、明らかに存在したなと思います。
でも、昭和を代表する大スターの突然の来訪に、私は何もできませんでした。そのことは過去のブログにも書いた通りです。
あらためてAmazonで「西城秀樹」で検索してみると、CD、DVD、書籍、ストリーミングなど、たくさんの西城秀樹作品が画像で出てきて。つくづく偉大なアーティストだったんだな・・・ということが、ホントによく伝わってきます。
【追記】2020年の命日である5月16日に合わせて発売されたDVDボックス「西城秀樹 IN 夜のヒットスタジオ」は、なんと予約だけで5,000セット以上が売れたそうです。
西城秀樹さんから、もっといろいろ教わりたかった
当時の私にとって、西城秀樹さんは日本を代表する大スターとしての認識しかありませんでした。どんな性格の方なのかも、まるで知らず。
でも、2003年と2011年という2度の脳梗塞。それを乗り越えるべく、必死にリハビリに格闘されている姿は、私はインドネシアから一時帰国する度に、なぜか偶然にもテレビで目撃をしていました。
なんて誠実な方なんだろうと。前向きに格闘をし続けて、きちんと正直な思いも吐露をして。困難があるのに、諦めずに戦い続ける姿。なんとパワフルで、なんてすごい方なんだろうと思いました。例えば、YouTubeで公開されている映像の一つがこちら。
■西城秀樹 ヒデキ還暦ライブの様子 (2015年4月)
もし天ぷら屋さんでご一緒した当時、そんな西城秀樹さんの人物像を知っていたとしたら、私は絶対に話しかけていたでしょう。いろいろ教わりたかったなと。
でも、私は話しかけることができませんでした。かえすがえす思いますよ、なんてもったいないことをしたんだろう・・・って。そんな場が提供されていたにも関わらず。そして今から頑張っても、もう叶わない現実。
日本は、また1人のとてつもなく偉大な方を失った
今回の記事には、こうあります。
歌手の西城秀樹さんが16日に急性心不全のため亡くなっていたことが17日、分かった。63歳。広島県出身。関係者によると、4月25日に家族と一緒にいた時に意識を失い倒れて、横浜市内の病院に搬送。そのまま意識が戻ることなく、力尽きたという。2度の脳梗塞に見舞われたが、「ありのままを見せたい」と麻痺が残る体でステージに立ち続けた。
いや、本当にすごい方だったんだなって、改めて思います。リハビリに打ち込まれる姿も含めて、私にとっては本当に強い刺激になっています。そんなすごい方と、すぐ隣になれたこと。いや、隣に座ってくださったこと。この体験がなければ、私はきっと、これほどまでに受け止めてはいないですから。
アイドルとしても、また一人の人間としても
ほんの1時間ちょっとの間でしたが、本当にいい体験をさせていただきました。日本を代表するアイドルとして大変な実績をおもちだということは理解していますが、そうでなく、「人間」としても、こんなにすごい方だったのかと改めて思うとともに、どうして声をかけることができなかったのか。本当に無念でなりません。
もう一度だけ、同じ場所で、妻と3人で天ぷらを食べる機会があったらな・・・と。まさに「その瞬間瞬間を大事にしてこそ人生」ですね。リハビリに成功して、復活の機会があったらどんなに素晴らしかったか・・・。日本は、また1人のとてつもなく偉大な方を失いましたね。
改めてご冥福をお祈り申し上げます。西城秀樹さん、隣席での「沈黙の中の教え」は私にとっての宝物です。私の中で生きています。必ず役立てます。本当にありがとうございました。
■追伸:
この「文藝春秋」の手記は本当にオススメ。いろいろと考えさせられます。
歌手の西城秀樹さんが5月16日、急性心不全で亡くなりました。享年63。
西城さんは2度の脳梗塞を経験していました。48歳のときに倒れ、生活を改善して予防に努めたにもかかわらず、56歳で再発。2度とも言葉を発しにくい後遺症が出たため、「歌えないなら、死んだほうがましだ」と諦めかけた日もあったそうです。そんな中リハビリを続け、年間70回ものステージをこなしていた西城さんが残した手記を追悼とともに掲載します。
【参考】西城秀樹さんに関する5冊の書籍
西城秀樹さんにまつわる書籍はたくさんありますが、お亡くなりになってから奥様が出された本を含め、合計5冊をご紹介します。
■「ありのままに 「三度目の人生」を生きる」西城 秀樹 (著) 2012/10/25