仕事場では上司と部下がいるわけですが、会社の上司を見ていて「早く昇進して上司になりたい」という人もいれば「部下をもつのは大変そうだから嫌だなぁ」と思う人もいるはずです。
「昇進をするとメリットがある」と感じる人もいます。また「上に立つと、それ相応に苦労も大きいはず」と感じる人もいるわけです。前者を「役得」といい、後者を「役損」というわけですが、どちらが正しいと言えるのでしょうか。
目次
昇進は役得か役損か、その意味は?
そもそも「役得」とは、どういう意味なのでしょうか。「デジタル大辞泉」(小学館)によれば、「その役目についていることによって得られる特別の利得や特権」と説明されています。
「利得や特権」というと、「甘い汁が吸える」ようなイメージすら感じられます。昔は(今も?)昇進して上司になると、部下をこきつかうようなタイプの人もいたようです。中には私的な用事で部下を使うような事例もよく耳にしました。
もちろん、会社によっても、また上司によっても異なります。素晴らしい人格者のような上司もいるでしょう。しかし一方では「昇進すると、そんな偉そうなことまでできてしまうのか!」と驚きをもって感じる人も少なくないはずです。
なお日本語では「役得」に対する反義語・反対語は存在しません。ここではあえて「役損」と書いています。後述しますが、別の表現なら「ノーブレス・オブリージ」こそがふさわしいと言えるかもしれません。
「韓非子」が語る役得と役損のメカニズム
書店に行けば、上司と部下にまつわる諸問題を扱う本がたくさんあります。それこそ、数えきれないくらいです。中国の古典「韓非子」には、次のような内容の個所があるそうです。
「上の人間が下の人間を見抜くには3年かかるが、下の人間は上の人間をわずか3日で判断する」
部下は上司をじっくりと見ています。上司が身を粉にして働いていれば、部下にもその姿勢が自然と伝わっていきます。しかし前述のように、上司としてふんぞり返っていれば、それもまたすぐに部下に伝わっていくということです。
逆に言えば、そうしたメカニズムがあるからこそ、上に立つ人間は、部下の誰よりも努力をしなければいけないということが言えそうです。
紀元前3世紀という大変古い書物にすら、そのような記述があり、それから2000年以上もの年月が経過した今なお、同じテーマの本がたくさん出回っているという事実。上司と部下にまつわる諸問題というものは、なかば「永遠の課題」だと言ってもよいでしょう。
昇進は人の成長を促進させる
一般的に、昇進することは名誉なことだとされています。私自身、より上の立場に進むということは、個人の成長という観点からも、とても素晴らしい機会と環境を獲得することにつながると信じます。
昇進すれば新たな責任と役割が与えられます。新たな景色が見えてきます。部下の時代には感じられなかったような課題を抱えることもあるでしょう。部下の視線もあります。「韓非子」にあるように、部下の視線は上司からの視線よりも、より強いものがあるはずです。
しかしそうした新たな経験や課題があるかこそ、それに立ち向かうことによって成長が得られるわけです。
地位が成長を促進させるという事例は、枚挙にいとまがありません。
私は上記の「韓非子」の言葉を、学生時代に教わりました。20代の若さにして、某社の取締役をつとめていた方が、「もし起業するなら、将来必ず役立つから覚えておくといいよ」と、教えていただいた言葉でした。
「上の人間が下の人間を見抜くには3年かかるが、下の人間は上の人間をわずか3日で判断する」
学生時代の私にとって、この言葉が意味するところは、あまりよくわかりませんでした。しかし、何かとても含蓄のありそうなイメージがして、なぜか強く心に刻まれた言葉でした。今でも心から離れない、不思議な言葉です。
昇進はメリットだらけの役得か?
一方で、より上の立場に昇進することは、あたかも、メリットが増えるとだけ思う人もいるようです。「韓非子」では部下の視線は上司からの視線よりも強いことが述べられていますが、そのメカニズムを知らないのです。
その結果、前述したように、中には私的な用事でも部下をこき使うというようなケースが生まれます。個人的な食事であっても会社の経費で計上してしまうような人もいるでしょう。
事実、私が見てきた中でも(他社の事例ですが)、同類のケースが存在しました。
今までずっと、仕事に対して一生懸命に努力をして、同僚や部下とも親しげに接し、親愛の情を勝ち得ていたという方がいました。ところが、昇進を契機に、長に立つと、なぜか同僚や部下に対する態度が急変します。
態度がいきなり横柄になり、言葉遣いも命令口調へと荒くなり・・・。今までテキパキ動いていたのに、なぜか机でじっとしていることも増えて。その結果、部下の信任を失い、一気に孤立してしまったという人の実例を見たことがあります。
上司としてのメリットを享受し、命令を下し、服従させることが、上司であることによって獲得して当然の権利(役得)であると、勘違いをしてしまっているケースです。
白洲次郎が語る「役得と役損」論とは?
しかし「韓非子」で語られるようなメカニズムに着目すれば、上に立つ人間は、部下の誰よりも努力をしなければいけないということがわかるはずです。そして、そういう上司であってこそ、部下からの信任を集めるものではないでしょうか。
これについて、かつて吉田茂の側近として活躍し、貿易庁の長官や東北電力の会長をつとめるなどした白洲次郎は、とても興味深い指摘をしています。
白洲次郎の知人である犬丸一郎が、帝国ホテルに社長に就任した際に贈った言葉だと言われています。
昇進は役損「ノーブレス・オブリージ」という考え方
「上に立つことは役得ではなく役損だと思え」という言葉です。言い方を変えれば、「昇進することによる役得は、より多くの努力が義務化されることにある」とも言えます。
白洲次郎は「ノーブレス・オブリージ」(高貴なるものの義務:noblesse oblige)ということにこだわりがあった人物だったように思います。上に立つ人は、それだけの義務と責任があり、相応の努力を余計に行うべき存在だ、ということです。
日本語では「役得」という言葉に対する反義語・反対語は存在しません。この「ノーブレス・オブリージ」こそが、反対語にふさわしいと言えるかもしれません。
昇進が役得になるためには
昇進することが役得だとするならば、そうした結果として、成長促進の機会と環境が獲得できるという点においてでしょう。
上司になれば悩みも増えますし、課題も増えます。部下の指導に悩み続けることもあるでしょう。チームとしての業績伸長に打開策が見えずに苦しむこともあるはずです。
しかしそれは「解決すべき試練」であり、「新しい成長ステージに上ってきたがゆえに与えられた宿題なのだ」ととらえることもできるはずです。
「役損」を引き受けて格闘することが成長を生み出す!
昇進することで、より大変な悩みをかかえることになります。へこたれることもあれば、安易に逃げたくなることもあるでしょう。もし上司として権力を行使しようと思えば、私的な用事すら部下に命じるようなことも、できなくはないでしょう。
しかしそこで大事なことは「韓非子」の言葉を思い出すことです。「上の人間が下の人間を見抜くには3年かかるが、下の人間は上の人間をわずか3日で判断する」のです。
「昇進は役得だ」と考え、メリットばかりを追求して毎日をだらけてしまうのか、それとも「昇進は役損だ。だからこそ戦うぞ」と奮起するのか。まさにここが試金石だと言えます。
昇進することの真の役得とは?
白洲次郎が多くの人から愛されたのは、身を捨てて事にあたったスタンスにあると言われます。まさに「約損を引き受けて戦った」というパターンではないでしょうか。
昇進をすると「役得がある」と言われます。勘違いしてしまい、部下をこき使うだけの無能な上司になってしまう人もいるはずです。しかし「韓非子」の教えをふまえれば、それは逆だということがわかるはずです。
上に立つからこそ、余計に多くの課題を抱えることになり、余計に努力をしなければいけないわけです。より多くの部下から監視される存在でもあります。しかしそうした中で戦うからこそ、より多くのチャンスと成長が得られるのだとも言えます。
そうであってこそ、日々はより楽しくなり、成長スピードにも加速がつくのではないでしょうか。そして、これこそが、昇進することの真の役得なのではないでしょうか。
このコラムは、2007年9月19日に配信したメールマガジンに大幅に加筆したものです。
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