インドネシアの首都、ジャカルタにある「スカルノ・ハッタ国際航空」第3ターミナル。
いまちょうど「ガルーダ・インドネシア航空」のラウンジで飛行機を待っているところです。空港の国際線ラウンジを利用される方には、ぜひチェックしてほしいのが、こちら。
ずばり、ガルーダ・インドネシア航空の客室乗務員(キャビンアテンダント)の「制服」の歴史です。「ビンテージ・ユニフォーム」と呼ばれることもありますが、これ、なかなか興味深いのです。
ラウンジに展示されている、客室乗務員の制服の歴史
ラウンジの入口の手前のところに専用コーナーが設置されています。ラウンジに用事がある人しか通らない通路にあるので、意外と知られていないのではないかな・・・と思い、ブログで紹介することにしました。
1949年から現在までの歴史が、ほぼ原寸大のようなサイズで壁に貼られています。横幅サイズにして、20メートルくらいあるのではないでしょうか? ガルーダ・インドネシア航空で利用されてきた、客室乗務員の制服の歴史です。これ、なかなか圧巻ですよ。
ガルーダ・インドネシア航空のロゴも昔は違っていた
昔の「会社ロゴ」も含めて掲示されています。1985年まではオレンジ色のロゴだったこと、ご存知ですか? これ、意外と知られていないんですよね。ジャカルタ駐在歴が数年間という人に話すと「へぇ!!」って驚かれることが何回かありました。
ガルーダ・インドネシア航空、キャビンアテンダントの制服の歴史は?
ではガルーダ・インドネシア航空のキャビンアテンダントの制服について、現在から過去に向かって、ご覧ください。
2009年7月21日から現在まで利用された制服
2009年といえば、第6代目のスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領の2期目が始まる年。この制服の変更には、何があったのでしょうか・・・。気になる。
1985年3月30日から2009年7月22日まで利用された制服
1970年から1985年3月29日まで利用された制服
ちなみに、初代大統領スカルノは1965年の「9月30日事件」で失脚し、第2代目のスハルトが大統領に就任したのが、1967年。1970年からの制服刷新と、会社ロゴの変更には、このあたりの歴史も影響していそうですね。
1949年から1969年まで利用された制服
というわけで、いかがでしょう? 今のガルーダの印象からすれば、昔のガルーダの印象、全然違いますよね?
写真なので、うまく伝わらないかもしれません。でも興味のある人はぜひ実際に見てほしいなと。きっと「へぇ・・・」って想いにとらわれるはず。
キャビンアテンダントの制服の歴史は奥深い!!
客室乗務員の「制服」は、その国の文化や伝統が反映されているもの。見るだけでも「どうしてそうなったのか?」と興味をそそられるものですが、同じ国の制服でも、時代をふりかえってみると意外な変遷があって、「どうしてこう変えたんだろう?」って気になってしまいます。
もしかして私だけですかね?
こういう歴史って見れば見るほど「奥深いな・・・」と思うんですが、皆さんどうでしょう?
ちなみに、ジャカルタにある「スカルノ・ハッタ国際航空」第3ターミナルにある「ガルーダ・インドネシア航空」のラウンジの場所はこちらです。
昔の機体で飛行する「ビンデージ・フライト」も
なおガルーダ・インドネシア航空では、当時の機体デザインで飛行する「ビンテージ・フライト」を開催することがあります。インドネシアの飛行場に行くと、昔の機体デザインの塗装が施されたガルーダの機体を見つけることがあります。
話を聞くところによれば、ビンデージフライトの際には、キャビンアテンダントも当時の制服「ビンテージ・ユニフォーム」で搭乗することがあるようです。興味のある方は、ぜひこちらもチェックしてみて下さい。
■参考:キャビンアテンダントの話題に興味のある方? は、こちらも、どうぞ。
■参考:ジャカルタの「スカルノハッタ空港」第3ターミナル関連のブログ記事です。こちらも、どうぞ。
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【 時の運と人の縁を極める日々の記録 】 渡邉 裕晃
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