「南方徴用作家」という存在をご存知ですか?
第二次大戦の時期に、軍の命令によって東南アジア各地におもむいて、現地の様子を描いてまわった日本人文学作家たち。それが、「南方徴用作家」と呼ばれる存在です。
なぜその存在を知ったのか、経緯や背景については先日のブログに書きました、
興味をもち、軽い気持ちでネットで検索を始めました。私にとっては「へーっ!」と驚くような体験でした。いざ調べ始めると、ますます興味が湧いてきて、次第に収拾がつかなくなった程。
今から70年前、日本人作家たちがアジアに派遣され、何を見て、何を感じ、どのような作品を発表してきたのか・・・。実際のところ、情報はまだ多くないようでした。興味のある人もいるかもしれないので、ここで、その一部をシェアしたいと思います。
目次
東ジャワの美しい高原で「南方徴用作家」は何を感じたか?
【1996年に出版された「南方徴用作家」に関する書籍「南方徴用作家―戦争と文学」】
前回のブログでは、インドネシアの東ジャワを訪れた南方徴用作家、阿部知二さんのことを紹介しました。
東ジャワは、私が現在住んでいるエリアです。
今から70年も前に、この場所を訪れた日本人作家がいたこと。また、私が定期的にトレイルラン&ウォーキングをしている避暑地バトゥ。70年も前に、この自然環境を実際に見て、肌で感じて、それをテーマにした作品の執筆までしていた人がいたということ・・・。これは私自身、本当に驚きでした。
しかも、阿部知二さんがマラン、バトゥ、セレクタを訪れて、その自然環境に陶酔的な快楽を見出し、強く惹きつけられていたということも知りました。ちなみに、グーグルマップで、「マラン→バトゥ→セレクタ」をつなぐと、こんな感じです。
私自身、このエリアを定期的に歩いたり走ったりする中で、同じように自然環境を味わっています。70年の時を経て、どこか意気通じるものがあるような気がして不思議な気持ちになりました。
「南方徴用作家」の活動内容は?
そんな「南方徴用作家」としての活動は、どんな内容だったのでしょうか。立命館大学の国際言語文化研究所が発行する紀要「言語文化研究」、1992年1月に発行された第3巻第3号「戦争と文化」にある「阿部知二とインドネシア体験(一)その事実を巡って」という論文によると、阿部知二さんの「南方徴用作家」としての活動が次のように書かれていました。
日本の新聞や雑誌などの求めに応じてジャワでの宣伝、文化活動の模様を日本の内地向けに執筆したり、また、ジャワ現地軍発行の「うなばら」(前身は「赤道報」)紙に寄稿したりする |
「南方徴用作家」について、私はネットでいろいろ調べてみました。
(日本に住んでいないので、日本の文献にあたるには限度があります)
なかなか情報が出てこなかったのですが、個人の方で、「南方徴用作家」について、短く簡潔にウェブにまとめられている方がいたので、紹介します。
■召集令状(赤紙)、徴用(白紙) (荻窪風土記-続阿佐ヶ谷将棋会)
文学者は、その文筆力において軍隊の対内外宣伝・報道活動に関わらざるを得なかった。支配権力による厳しい言論統制下ではあるが、そこで文学者たちは何を書いたか・・・”その人”が問われるところである。 『南方徴用作家』はこの問題を、井伏鱒二を含む13名の徴用作家について論じている。 その序論によれば、「昭和12?13年には吉川英治、小林秀雄、石川達三、吉屋信子等々は、新聞社・雑誌社の特派員として中国に渡って事変ルポを発表している。またその頃、菊池寛を中心に従軍文芸家の詮衡が行われ、陸軍、海軍合わせて40数名が従軍している。これが「ペン部隊」と呼ばれたもので、その後の徴用への布石となった。昭和14年施行の「国民徴用令」が文学者に適用されるようになったのは昭和16年10月になってからで、ドイツのPK部隊(Propaganda Kompanien)を模倣したものである。 第一次徴用は同年11月中旬に発令され、今のところ30名が判明している。この後第二次、第三次と同19年まで続き、合計70名以上の文学者が徴用された。ほかに画家、映画・演劇・放送・印刷関係や教師等々多数の文化人が徴用された。」 |
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もう少し詳しく知りたいという場合、私がネットで見つけた論文は2つ。
先ほど、立命館大学の国際言語文化研究所が発行する紀要「言語文化研究」、1992年1月に発行された第3巻第3号「戦争と文化」の中にある、木村一信さんが書かれた論文「阿部知二とインドネシア体験(一)その事実を巡って」を紹介しました。
もう1つは、こちら。
神谷忠孝さんが執筆されたもので、「北海道大学人文科学論集, 20: 5-31」(1984-02-24)に所収の論文、「南方徴用作家」です。
ここには、次のような記述があり、まだまだ未解明のことが多い点が記されています。
一九三七年にはじまる中日戦争についてはある程度、そこではたした文学者の役割について研究が進んでいるが、やがて戦線が拡大して一九四一年の太平洋戦争(大東亜戦争と呼ぶ方が歴史に即していると思うが)以後になると、多くの文学者が南方諸島に派遣されて従軍の任務をはたしたといわれるが、その範囲や仕事の内容について、いまだにはっきりした資料がないのが現状である。
そこでまず、資料の地道な探索を基盤にして、わかった範囲で全貌解明にとりくんでみた。次の段階として、個別に作家の作品に即して徴用体験がもつ意味について考察することが必要になってくるのはもちろんであるが、ひとまず中間報告とする。 |
「いまだにはっきりした資料がないのが現状」とはいえ、この論文が書かれたのは1984年。それから実に30年が経過する中、「南方徴用作家」についての研究は、地道に、でも着実に続けられたようです。
アジア各地で執筆した作品を収めた「南方徴用作家叢書」
竜渓書舎という出版社から、「南方徴用作家叢書」という書籍が出ています。「南方徴用作家」たちがアジア各地を訪れて書いた作品。当時、書籍として出版されたものだけでなく、雑誌や新聞で発表したものも含めて、網羅的にまとめて収録されたものです。
「ジャワ篇」だけでも全15巻という、すさまじい規模の資料集です。
【画像:竜渓書舎ホームページ(総合図書目録:9 アジア(含・旧植民地)より)】
値段も・・・・という、すごいものなのですが、なんとGoogleがすべてPDF化してウェブで公開しています。
「南方徴用作家」の作品がGoogleで読める!
前回ブログでは、その一つとして、阿部知二さんがバトゥにある避暑地、セレクタを描いた作品、「ジャワの林檎」のPDFを紹介しました。
例えば、このとおり。googleすごい。
「南方徴用作家」を解説した2冊の書籍
実際に「南方徴用作家」によって執筆された作品集とは別に、この「南方徴用作家」という活動自体の研究に焦点を当てたものとしては、次の2冊がメインに見つかりました。
「南方徴用作家―戦争と文学」
まず1冊目は、1996年に出版された書籍「南方徴用作家―戦争と文学」です。
■南方徴用作家―戦争と文学 (SEKAISHISO SEMINAR) | 神谷 忠孝, 木村 一信 | 本 | Amazon.co.jp
内容(「BOOK」データベースより) |
「昭和作家の”南洋行”」
また、先ほど紹介したものも含め、「南方徴用作家」に関してウェブで公開されている論文は多くないのですが、木村一信さんによる関連論文は、書籍「昭和作家の“南洋行”」にまとめて収録されているようです。
■昭和作家の”南洋行” | 木村 一信 | 本 | Amazon.co.jp 内容(「BOOK」データベースより) 昭和前期(移動・動員の時代)の作家たちの「南方」「南洋」への関わりとその文学的営為を、ジャワに基軸をおいて論じる。そしてアジア太平洋戦争の敗戦以降、彼らの「南方」体験・言説がいかなる意味と位置づけとをもって我々の前に立ち現われたのか…。 |
アジア好きなら「南方徴用作家」の作品を調べてみよう
そもそも私が「南方徴用作家」に興味を持ったきっかけ。それは、トレイルでセレクタをハイキングしていた時の、ふとした思いつきでした。
私がトレイルラン&ウォーキングでよく訪れる、バトゥ、セレクタというエリアは、もともとオランダ占領期に開拓された場所です。風光明媚な環境であることから、当時は「ジャワのスイス」とまで呼ばれたと・・・。
そこから始まって、ならば日本占領期は、どうだったのだろうか? と思ったのです。当時の日本人たちの中にも、このバトゥ・セレクタを味わった人たちがいたのだろうか? もしいたとしたら、この大自然を前にして、何を感じたのだろうか? ・・・と思ったのがきっかけでした。
そうして軽い気持ちでネットで調べたら、たしかに情報量は少ないものの・・・、意外なほど次から次へと発掘できて、本ブログに至るという次第。
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もし興味をもたれた方がいたら、まずは手始めに、自分が訪問したアジアの場所について、「南方徴用作家」が何を書いているか、調べてみると良いと思います。
「南方徴用作家叢書」はGoogleが全てPDF化しているので、 希望の地名で検索すれば、その地に関する文章が出てくるはずです。
70年前のあの時代。軍に徴用されて派遣されたアジアの地で作家たちが何を感じ、何を考えたのか。言論統制の元でどう格闘したか・・・。
国際化が進み、アジアがますます身近な存在となる中で、70年前の「南方徴用作家」たちのアジア体験の頭のなかをのぞくことは、きっと新たな発見をもたらしてくれるに違いありません。
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【 時の運と人の縁を極める日々の記録 】 渡邉 裕晃
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